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東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?

【7697918】
スレッド作成者: 東大王 (ID:nMjSBSRGBB.)
2025年 08月 06日 17:57

東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」

入試概要:
A方式(50名)
 *大学入学共通テストの結果
 *高校の調査書(または成績証明書)
 *エッセー
 *東大が指定する英語試験の結果などの書類
 *英語による面接

B方式(50名)
 *東大が指定する国際的な統一試験の結果
 *複数の提出書類
 *英語による面接


特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします

【7700174】 投稿者: meta視点から   (ID:TS/Mh0vcGpY)
投稿日時:2025年 08月 13日 20:32

いつもながら鋭く、挑戦的な視点をありがとうございます。

「日本語がマイナーな公用語になっても構わない」とのご主張、一読してぬらひょんさん、エキセントリックが過ぎますぞ、と少し驚きましたが。。。

読み進めるうちに、これは単なる挑発ではなく、「言語とは本来もっと流動的で、歴史的にも多様だった」という事実を突きつける、極めて本質的な問題提起であると気付きました。

仰る通り、中国やヨーロッパにおいて、二重言語環境は必ずしも屈辱の記憶だけではなく、ときに自発的・実利的に受け入れられてきた背景がありますよね。

近代国家形成や経済圏との接続の中で、多くの人々が母語以外の言語で生きるという選択をしてきた。そこに目を向けることは、とても大切だと思いました。

ただ、その上で、やはり少し立ち止まって考えたいのが、マイナーな公用語という言葉の射程です。

言語というのは単なるツールではなく、私たちの思考の枠組みそのもので、文化の堆積でもあります。

日本語をマイナー化することで、その言語にしか宿り得ない感性や思考法、世界の切り取り方までもが周縁化される懸念は、拭えません。

私としては、日本語が国際社会の中で相対的に内向きに機能している現状に対し、英語というもう一つの他者の言語を戦略的に取り入れていくという考えには大いに賛成です。

ただしそれは、あくまで

「英語を受け入れること」≠「日本語を降ろすこと」

ではなく、両者のあいだを行き来できる思考の柔軟性を持つこと。。。そのための教育環境や制度整備を目指すべきなのではないか、と考えます。

言語的越境が当たり前になる社会は、確かに一つの理想です。
ただ、その越境は自発的な選択であるべきで、文化的なアイデンティティが上書きされる形で進んではいけない。

その意味で、ぬらりひょんさんのご意見は、極論でありながら、私たちに「言語をどう扱うべきか」という根本的な問いを突きつけてくれるものだと思いました。

いつもながら、思考の射程を広げてくれる投稿に感謝します!

【7700190】 投稿者: 本末転倒   (ID:4nhmZYwYNgo)
投稿日時:2025年 08月 13日 21:14

開幕から「上から見てますよ」感を全開にするのは、ある意味潔いですが、普通はもう少し控えめに出すものです。内容も、制度設計を論じるはずが、いつの間にかご自身の思想遍歴の自慢話にすり替わってしまっています。これでは批評というより内輪トークに終始してしまいます。

「透けて見える」という表現も便利ですよね。根拠がなくても“洞察している感”を演出できる魔法の言葉ですが、議論の場で効くのは魔法ではなく証拠です。参照モデルや業界との連携先も示さずに「意図が透ける」と断言するのは、ほぼ“雰囲気占い”です。「内部から出た問い」も、どこの内部なのか明示してほしいところです。出典がなければ証言ではなく、ただの想像に過ぎません。

教員不足や報酬の話も同様です。「だから無理」と決めつけるのではなく、「だから準備中」という状況にすぎません。2027年開設を、まるで明日から始めるかのように語るのは誤解を招きます。改革とは、できない理由を潰すために行うものです。

多様性の議論も、表面的な「見た目」で測る短絡的な思考はもう終わりにすべきです。文化や言語、社会的背景の組み合わせで見れば、東アジア出身であっても十分に多様性は担保されます。「日本語に近い家庭出身はダメ」という考えのほうが、むしろ偏見に満ちています。

「出口が不確実だから危うい」と言うのも、本末転倒です。出口がすべて決まっている教育なら、企業研修で十分です。大学の価値は、予測不可能な課題に挑戦できる環境にあります。

さらに、言語と発想力を直結させる議論にも注意が必要です。「日本語で育まれる問いが強い」とする自文化中心主義が滲んでいます。問いの強度は言語ではなく、文脈と構造に依存するもので、文化論と教育論を混同すると双方の議論が中途半端になります。

最後に「少人数エリート枠に終わる」と締めていますが、それを防ぐのが制度設計の本来の役割です。議論で蓋をして萎縮するより、まずはトライアルとしての価値を評価すべきです。料理を始める前に食材を捨てるような議論は、本末転倒に過ぎません。

【7700194】 投稿者: カレッジ・オブ・デザイン   (ID:mcqeN1JIhjU)
投稿日時:2025年 08月 13日 21:41

確かに、日本語を軽視すると文化や思考が周縁化されるのでは、という懸念は理解できます。
でも現実には、言語は固定された枠組みではなく、むしろ他者との交流や実務経験を通して生きたツールとして機能します。

東大カレッジ・オブ・デザインの方針のように、『留学生が日本企業で、日本人学生が国際企業で経験を積むという教育設計』は、まさにこの「言語的越境」を通して思考の柔軟性を育むものです。この過程で日本語が損なわれることはなく、むしろ英語を媒介にして、日本語で培われた思考や問いを翻訳・再解釈する力が鍛えられます。

つまり、英語の導入と日本語の保持は相反するものではなく、両者の相互作用によって、国際性と独自性を同時に伸ばせるのです。
言語的越境は自発的で、文化的アイデンティティを侵さない形で行われるべき、という指摘も理解できますが、適切に設計された教育制度があれば、その条件は自然に満たされます。

結局、懸念される「日本語の周縁化」は、しっかりした制度設計次第で回避可能であり、両言語を活かした学びこそ、現代の大学教育に求められる姿勢だと言えるでしょう。

【7700203】 投稿者: ペニントン教授   (ID:lnnXeQzzqeA)
投稿日時:2025年 08月 13日 22:06

>、この学部の設計が問われているのは、単なる「別枠」になるか、それとも既存学部に波及する中核モデルとして機能するかの二択だ。



『東大カレッジ・オブ・デザイン』の構想は、まさに大学全体を動かす「触媒」として考えられています。

学部長(予定)の方も、「他の学部の先生たちが、この新学部との連携や学生の教育に価値を見出してくれることが重要だ」と発言され、「『アフィリエイト・プログラム』という仕組みも取り入れたい」と具体的に話しています。

これは、上から「やれ」と強制するのではなく、先生たちが自ら「面白い」と思って関わることで、大学全体の教育の考え方や評価の仕方が少しずつ変わっていく、現実的なやり方なんです。

だから、この新学部は単なる「特別な枠」ではなく、既存の先生たちを巻き込みながら、大学全体に良い影響を与える「中心的なモデル」になることを目指しているわけです。

【7700208】 投稿者: ペニントン教授   (ID:yldyPp9sHYU)
投稿日時:2025年 08月 13日 22:24

>この種の国際プログラムが掲げる「多様性」や「グローバル」の実態が、結局は東アジア出身の英語話者か、母語が日本語に近い家庭の子弟に偏ることも多い。

>言語を変えることと、文化的思考の基盤を変えることは別問題



「多様性」が特定の層に偏るという懸念は、この構想の核心を誤解しているように思います。
​すでに2回のプロモーションイベントには、UAEなどからの参加者もいて、東大への関心の高さが実感できたそうです。「グローバルな大企業のような予算はないけれど、優秀で多様な人材を東大に呼び込むことが、私たちの絶対的な使命だ」と、強い意気込みも書かれています。
​また、ペニントン教授はロンドンでの経験から、価値観が違う人たちがぶつかり合うことで、最高のイノベーションが生まれるという確固たる信念をお持ちのようです。
​さらに、日本語のサポートについても、「日本語教育の方法を色々と検討していて、2027年までには答えを出すつもりだ」と具体的に計画していることもわかります。
​つまり、これは単に英語で授業をするということではなく、文化や価値観の多様性を育むための、戦略的な取り組みだと言えるでしょう。

【7700213】 投稿者: ななし   (ID:BPjY1igMIJM)
投稿日時:2025年 08月 13日 22:36

東大は国際卓越大学に採択されるために、「大学世界ランキング10位に入る」ことを目標の一つに定めて、いろいろ制度改革してるみたいです。
東大のTHEの大学ランキング、28位のようですが、GDP世界三位(いずれ四位に転落?)の国のトップの大学が28位はないだろう、というのはそんな気がする。
で、THEランキングを見ると、上位は米英で占められてます。
学問の世界の共通語になっている英語を大学内でも使っているから、米英は有利なんだろうね。
なので、東大でも英語をなるべく使ってみよう、というのは、新学部創設の理由の一つと思う。

あと、ランキング上位の大学は、研究者や大学院生の獲得に相当な力を入れてますね。
東大がランキングを上げるためには、世界の有能な研究者と大学院生を獲得する必要があって、そのためには、言語はなるべく英語にする、給与を世界標準に引き上げる、研究者の競争をより激しいものにする、などが必要ですね。
新学部創設はその一環、と。

ランキング上げるためにそこまでするか、という意見はあるだろうけど、そこまでする必要がある、というのが、東大首脳部の考えなのだと思う。

学生定員は100人のようだけど、そのうち半分は英語圏からの人材を期待してる感じだね。
残りは国内から、ペーパーテストでは測れない潜在能力を持つ学生を選抜する、と。
上手くいくかどうか、よく分からんけど、取り敢えずやってみよう、というのは良いと思います。
失敗しても100名だし、そのときはまた別な方法を考えよう、と。

うまくいってほしいですね。

【7700214】 投稿者: ペニントン教授   (ID:yldyPp9sHYU)
投稿日時:2025年 08月 13日 22:36

>学外から突出した業績を持つ研究者を迎えるにしても、それ以外の既存教員の負担は増えざるを得ず、現場に蓄積されるストレスは大きい。

>現行の大学業務における時間配分や評価軸そのものの見直しが不可避だ。



​「教員の負担が増える」「大学の制度が疲弊する」といった心配については、これまでの評価の基準にとらわれすぎている見方ではないでしょうか。

​カレッジ・オブ・デザインでは、従来の講義形式ではなく、「アクティブラーニングや、プロジェクト中心の授業ができる先生が必要」とハッキリ書かれています。これは、先生の役割が、ただ知識を教える人から、学生の学びをサポートするファシリテーターに変わることを意味します。

​実際に教員の公募には「世界中から700件もの応募があり、圧倒的な反響だった」という事実が、この新しい教育モデルに共感し、一緒にやっていきたいという優秀な人が国内外にたくさんいることを示しています。

もし、こういう新しい教育に貢献する先生たちをきちんと評価できる仕組みができれば、先生たちのやる気が上がって、大学全体の教育の質ももっと高まっていくはずです。

ちなみに、国際卓越研究大学(現在は、東北大学のみ認定)では、国からの競争的研究資金や制度上の柔軟性を活用することで、教授報酬の上限を撤廃または調整することがですますよね。

【7700215】 投稿者: ペニントン教授   (ID:yldyPp9sHYU)
投稿日時:2025年 08月 13日 22:41

>この新学部が描く『社会システムの変革』や『広義のデザイン』という理念が、実際の学生にとってどれほどの現実味を持つのかも不透明だ。

>社会にどう接続されるのか、どの産業領域がこの人材を必要とするのか、出口が曖昧なまま理念だけを振りかざすのは危うい。


​「卒業後の進路がはっきりしない」という批判がありますが、これは「デザイン」を「特定の仕事のためだけの技術」と古くからある考え方で捉えているからだと思います。

​ペニントン教授は、「単に新しい椅子やテーブルを作るだけのデザインとは違うんです」と書かれています。そして、「課題を理解して、アイデアを創り、それを実際に試して人々と一緒に検証する。それこそがデザインの本質なんです」と、この学部が目指す「広い意味でのデザイン」をはっきり定義しています。
​さらに、カリキュラムには「学外での体験(Off Campus Experience)」が組み込まれていて、「企業などにも協力してもらいながら、学生の将来に役立つような学びの場を作ります」と話しているように、社会とのつながりもとても重視しています。
​これは、特定の職業に直結するスキルだけでなく、変化の激しい時代に必要な、「自分で課題を見つけて解決策を生み出す」という普遍的な力を育てるのが目的です。まさに、未来の新しい働き方や仕事そのものを作り出すことを目指す、とても先進的な教育モデルだと言えます。
​だから、このカレッジ・オブ・デザインは、ただ少人数の優秀な学生枠を増やすだけのものではありません。

東大全体の仕組みを揺さぶり、教育のあり方を根本から問い直す、大胆な挑戦。

掲げた理念と現実のギャップを乗り越える「実行力」こそが、この挑戦を成功させるカギであり、その本気度は、すでにこの構想の細部にまで感じられます。

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