今年入学した高1生が語る青春リアル
東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?
東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」
入試概要:
A方式(50名)
*大学入学共通テストの結果
*高校の調査書(または成績証明書)
*エッセー
*東大が指定する英語試験の結果などの書類
*英語による面接
B方式(50名)
*東大が指定する国際的な統一試験の結果
*複数の提出書類
*英語による面接
特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします
その通り!
さすがですw
まさに、「記憶の再配線としての風土の脱構築」。
順序でも因果でもなく、両者が相互に編み直される感覚ですね。
私の語彙に言い換えれば、「地層」と「神経」が交錯するような。
そして。。。ご指摘の通り、これがすんなり共有されるかはわかりませんが、だからこそ言葉のチューニングは手放せませんね。
日本の製造業を「安い労務費の旅」と言う奴いるけど、完全に昔話。今のトヨタは地産地消戦略で現地生産し、為替リスク回避・現地ニーズ対応・サプライチェーン最適化を同時に進める。加えてマルチパスウェイ戦略で複数市場・複数生産拠点を並行展開し、どこか一つが混乱しても他でリカバリー可能。北米向け車を現地生産するのもその一環。安さだけを追う旅人論は博物館行き。
仰る通りですね。
待遇の圧倒的な差。。。給与・研究費・設備環境・裁量の自由度。
才能が去っていく理由は、感情や文化ではなく、もっと露骨な構造で説明がついてしまう現実がある。
ただ私は、その去っていく才能を責める気にはなれないのです。
それどころか、出ていくしかなかった人たちは、日本という構造そのものが排出したとも言えるのではないかと。
そして、その構造の根っこには何に価値を置くかという社会的合意がある。
研究成果なのか、年功なのか、根回し力なのか。。。
優秀な人材に報いるどころか、その才能の使い道すら定義されないまま、なんとなく馴染むことが求められる。
大学ランキングや世界的評価を目指すのであれば、
単に制度の輸入や数字の上塗りではなく、その才能にふさわしい重力」をどう社会が支えるか。
それが問われていると感じます。
自分が出会ってきた中でも一般的に起業家が最も魅力的な人材だった。また、職を最も楽しんでいるのは研究者が多かった。
どちらもある程度自由な上、厳しい競争にさらされているからでもあるのだろうけど、ノーベル賞など夢を持ちポジティブで前向きな人が多かった印象がある。
日本を変えることができるのは起業家や研究者などだと思っている。
>その才能にふさわしい重力」をどう社会が支えるか。
青色ダイオードでノーベル賞の中村先生は、規格外すぎて日本の大学が受け入れることができず、アメリカに渡ってしまいましたね。
ただ、性格的に変わっていたり規格外であったり、ということについては、研究者は寛容なので、日本国内でも受け入れられやすいと思います。
僕から見て、変わってるな〜、と思う研究者は少なくないけど、僕自身変わってるので、まあそんなものかと。
有能な変人と凡庸な常識人であれば、前者が評価されるのが研究者の世界と思います。
そんな世界でも規格外な変人が稀にいる、というのはあります。
そういう人たちも受け入れるような度量が必要かもしれませんね。




































