今年入学した高1生が語る青春リアル
東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?
東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」
入試概要:
A方式(50名)
*大学入学共通テストの結果
*高校の調査書(または成績証明書)
*エッセー
*東大が指定する英語試験の結果などの書類
*英語による面接
B方式(50名)
*東大が指定する国際的な統一試験の結果
*複数の提出書類
*英語による面接
特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします
恐らく日本人、日本社会、日本文化等の変革期待の差なんだろうな。
日本人は集団自決を選ぶような人たちが多い。みずから変われる人がどれだけいるのか。日本人が異端を許容するのは日本人がマイノリティにでもならない限り、自分たちのマナー、習慣、道徳等をおしつけるような民族。
コンビニロボットのときも、日本は少子化でロボットが不可欠だと認識しないと取り組まないタイプ。
最もAIやロボットを必要とするのは少子化日本。こういうどうにもならない人手不足になる国において、イノベが生じる。
さかなAIだったか、日本は少子化でAIやロボットを必ず必要とする国だから日本で起業したという話学校あった記憶があるけど、少子化でAIやロボットが必ず必要になる国だからこそ変革が生じるのだと思う。
日本人に異端を許容する意識改革を促しても難しい。異端を許容せざるをえないほど多く受け入れることが変化の契機になる。異端が多ければ日本人はその環境を受け入れざるをえなくなる。そうならないと変わらない国なんだと認識している。
東大新学部は半数が外国人留学生、こういう環境に日本人を入れることで少しずつ変革していくだろう。
恐らくそのとおりだろう。
御三家が揃って志願者数減少が2年連続続いたり、探求学習やメディカルサイエンス、グローバル等の特色を打ち出している学校の志願者数が増えてきたのは、総合型選抜入試や学校推薦の増加を見据えた先進的な保護者が増えているからなんだろうね。
例えば、渋谷系や広尾が御三家などの伝統校のビラミツドを突き崩してきたのは、そうした学校の教育内容を支持した保護者や子どもが増えているとともに、出口として海外の大学も目指すことができるからなんだろう。
開智所沢や開智が2年連続志願者数が劇的に増えているのも単に入試を変えただけでなく、探求学習などの教育内容の保護者の支持があるとともに、総合型選抜入試や学校推薦の増加を見据えた学校選びとなっているのだろう。
これからの時代、偏差値など今をみるのではなく、先を見据える人、その先を冷徹に見据えることができる能力が子どもたちには必要になってくるだろう。
例えば、日本の大企業は少子化で採用が困難になっていく中、外国人を積極的に雇用し異端を許容する企業かどうか、そうした先を見据える能力が生き残る条件となっていくだろう。
若い猿が泥のついた芋を浜辺で洗って食いだした。
それは集団に広がり大人猿達も真似した。
常識や先入観にとらわれない突拍子もない連中が、何かを発明し次第に社会は変わっていく。その若い突出者をどれだけ見守っていくかがこれからの日本には必要。
だが、中高年にはそれは目障りに見える。自分の常識や良識とは異なることを始めるからだ。あいつはちょっと生意気だと言うことになるとサラリーマンの出世は難しくなる。
すると、やはり変人や非常識人は起業するしかない。自分の得意技で仲間を集めて何かを始める。ジョブズやザッカーバーグのように。
黒岩里奈さん、ADHDだと自分で言っている。公立小の先生にとってこういう子ほどやりにくい相手は居ない。口が達者で生意気。先生もやり込められてしまう。
彼女がKADOKAWAや文芸春秋に入ってから編集者としてやっていられるのは、おそらく上に理解する人が居るからだろう。 本人の自由度に任せる部分がこの業界にはあるのだろうか?
翻って、日本経済を支える製造業。三菱重工や電機、日立などの重厚長大、自動車産業に個人の自由度はどのていどあるのだろうか?
先輩に逆らっても新事業を始めるだけの度胸ある人材は入っているんだろうか? 零戦の堀越さんあの時何歳だったか? ホンダジェットの社長も社の方針に逆らって実験機飛ばしたという。
日本の異端、変人達、彼らを生かす度量のある経営者や上司がまだいると信じたい。
>里奈さんの本題に戻って、高校では「他人に勧められた本はとりあえず買うようにしている」という友人の言葉を今も覚えていて、そんな大人になろうと心に決めたというエピソードも印象的だった。
浪人中に勧められた本で衝撃的だったのが、深沢七郎の
「楢山節考」です。 いわゆる姨捨の話なのですが捨てられる当人の凜とした姿が忘れられません。
もう一つ衝撃を受けたのが大江健三郎の「死者の驕り」。
喫茶店で一気に読了しました。 政治的発言はともかくとして大江の初期作品は素晴らしいものばかりです。
人から勧められた物はとりあえず読んでみるというのは正解です。 自分の知らなかった世界が広がりますね。
乱読して自らのお気に入りを発見する。と同時にどうしてこれが名作として世の中に受け入れられているのかよく分からない作品があります。
「ヴェニスに死す」や「アンナ・カレーニナ」などはピンと来ませんでした。どうも外国物は苦手です。昔は教養ある人士が読むべき本というような・・・・一種のスノビズムかな?・・・・ものがあって結構背伸びして面白くもないのに読んだものです。
これは感性の違いというか体質に合う合わないというか、結局どうしようもないものですね。「坊っちゃん」は面白いが「三四郎」はつまらない人間には長大な外国文学は体質に合わないのでしょう。
異質な人材が活躍できるのは起業だろう。組織の中では日本の企業文化の中では生きづらい。
大学は異質な人材を包摂するにはちょうどいい。何しろ自分で自由に生きられるのだから。これが日本企業の中で歯車の一つとしての役割を期待するなら異質な人材は順応できず、イノベは生じない。
結局、日本企業には異質な人材を包摂できないのでイノベ人材がいないため、売れる技術も製品やサービスもなくなり、潰れていく。
大学も企業も生き残るためには、異質な人材を包摂していく必要があり、まずは外国人、帰国生など受け入れる体制を整備していかないと、少子化で潰れていくのみ。
今年の海外大合格者数ランキング
1位 広尾 375人
2位 N高S高 201人
3位 三田国際 144人
4位 郁文グロ 125人
5位 白鵬女子 91人
6位 茗渓 90人
7位 AICJ 73人
8位 都立国際 72人
9位 成立 59人
10位 渋渋 57人
11位 渋幕 48人
12位 かえつ 41人
近年、東大等の日本の大学は素通りされて、高校生から海外大を目指す動きが加速している。
2025年のトップ10高校の海外大学合格者数は、2023年のトップ10高校の海外大学合格者のなんと2.3倍も急増している。
高校生から海外大学を目指す人が急増して、東大等をはじめとした国内の大学は素通りされている。
しかも、インターナショナルスクール等に通学する日本人を含めると多くの人たちが東大をはじめとした日本の大学を素通りしている。
ご返信、拝見しました。丁寧に読ませていただきました。
ただ、どうしても、伝わっていないのだと感じます。
この話は、「数が増えれば変わる」「環境が人を変える」といった圧力の話ではありません。
変わるとは、受け入れざるを得なかったという敗北の姿ではない。
変えるとは、押し寄せる他者に飲み込まれていくことでもない。
それは、「折れるかどうか」ではなく、「踏みとどまったまま、視野が揺らぐかどうか」という、ごく静かな体験です。
たとえば、かつてのガラケー。
日本のフィーチャーフォンは、ネットも使えたし、おサイフケータイもあった。テレビも見られ、ゲームもできた。
機能で言えばスマホに劣っていたわけではなかった。
それでも、時代は一気に塗り替えられた。
変化を生んだのは性能差ではなく、静かな違和の共有だったのだと思います。
日本が変わるのは、異端が多くなるからではありません。
異端と正面から向き合い、自分の中に生じた違和を捨てずに、それでも自分であり続けようとする誰かが現れたときです。
空気は、数ではなく、熱で変わる。
一人であっても、火のある声は、誰かの中に灯をともす。
変化は、必ずしも数えられるものから始まるわけではありません。
本当に世界を変えてきたのは、許容を強いられた側ではなく、許容を試みた側です。
異端とは、増やすものではない。
目を逸らさず、見ることから始まるものなのだと思います。
だから、問うべきは順序ではない。
タマゴが先か、ニワトリかではなく、どちらが先に「見ようとしたか」。
人間です。




































