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東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?

【7697918】
スレッド作成者: 東大王 (ID:nMjSBSRGBB.)
2025年 08月 06日 17:57

東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」

入試概要:
A方式(50名)
 *大学入学共通テストの結果
 *高校の調査書(または成績証明書)
 *エッセー
 *東大が指定する英語試験の結果などの書類
 *英語による面接

B方式(50名)
 *東大が指定する国際的な統一試験の結果
 *複数の提出書類
 *英語による面接


特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします

【7703428】 投稿者: meta視点から   (ID:71PL.NVD93o)
投稿日時:2025年 08月 25日 09:46

受験生がどこへ行ったのかという問いは、単なる進学先の統計ではなく、日本の教育観の重心がどこに移動しているのかという問題に通じる。

東大という頂点を仮定したピラミッド型の教育モデルが陰りを見せ始めたとき、そこから溢れ出すようにして別の場所へと流れていくものがある。

その流れの輪郭を掴もうとするとき、数字以上に重要なのは、保護者や生徒の言語化されざる違和感であろう。

東大新学部の議論で我々が見てきたのは、その違和感のもう一つの出口。単なる成績優秀者の寄り合いではなく、意味のある文脈を持った人材をどう生むかという問い。

これは、御三家や鉄緑から東大へ、という旧来のトラックの有効性そのものを否定するものではない。しかし、そのルートに絶対性があった時代の終わりを、少なくとも一部の家庭が感じ取り始めていることもまた確か。

東大新学部の構想には、その揺らぎを掬い上げようとする意志が見える。だがその設計が「ポスト文一」的なるものに留まるならば、それは単なる退避の装置として機能してしまう危険もある。学歴の次に何があるのかという問いが本格化する中で、必要なのは「どこに入るか」ではなく、「どんな問いを持って、どこへ出ていくか」の可視化である。

その意味で、中受スレで語られている懐疑の空気と、同じ板内ながら、新学部スレで紡がれている探究の可能性とは、同じ問いの表裏なのだろう。

片方が崩れ始めた構造の解体なら、もう片方は次の構造を模索する問いである。

つまり「どこへ行ったのか」ではなく、「どこへ行こうとしているのか」が、今問うべきことなのだと思う。

【7703516】 投稿者: meta視点から   (ID:Dm.ks3pf1qY)
投稿日時:2025年 08月 25日 14:46

偏差値教育の枠内で測れる能力と、それを超えた何かを育てる場の不在。そこに問題意識があるのは理解できます。

ただ、「偏差値からの脱却」と言いながら、提示されている方向性が「リベラルアーツで正解がない問いを」「AI時代の創造性を」など、あまりに汎用的で、どこかですでに聞いたような言葉にとどまっているのが気になりました。「探究」や「創造性」あるいは「グローバル教育」といったワードは、曖昧なうえにあまりにも手垢がついている。その深度のまま語られると、そこに逆説的な空虚を感じてしまうのです。

東大新学部が掲げる「学際」や「国際」もまた、耳あたりはよいけれど、その言葉に耐えるだけの文脈を、我々は果たして本当に耕せてきたのか。偏差値から脱却した先で、本当に目指されているのは何なのか。その問いへの肌感を伴うようなリアルな手応えが、どうも言葉の選び方から伝わってこない。

日本の教育改革は、何十年も「脱・受験」や「創造性の涵養」を唱えてきました。それでも定着しなかったのはなぜか。その構造的な反省が、今回の言葉選びひとつにさえ滲んでこない。その空白こそが、問い直されるべきなのではないでしょうか。

偏差値があとから上がった、という事実はあります。ただそれは「偏差値に意味がない」ということではなく、むしろ偏差値が何を反映しているかを読み取るための、より精緻な視線を必要としているはずです。

志願者が集まったから偏差値が上がったのか。教育内容の本質が変化を促したのか。その順番を見誤ると、変わったように見えて、何も変わっていないということが、平然と起こり得る。

誰もが「変革者」になりたがる時代にあって、本当に必要なのは「変えなかった理由」に耳を澄ませる静かな想像力なのかもしれない。そんなことを感じました。

「純ジャパが追随した」という構図。お話も意図も内容も理解できますが、残念なのはその語の選び方です。

私は以前このスレッドで、語の差別的含意に言及しましたが、それは倫理的な糾弾というより、言葉が知らず知らずに世界の輪郭を切り取ってしまう、その無意識の働きへの警鐘でした。

日独ハーフのサンドラ・ヘフェリンさんがネットや著書で指摘するのは、「純ジャパ」「混ジャパ」というワードが、たとえ冗談めかしていても「純粋」や「異物」といった優劣・線引きを無意識に持ち込む危うさを孕んでいるということ。それは、国際教育や多様性を語る場において、最も慎重であるべき領域です。

「いや、そんな意図はないし、気にしていない外国人もいるだろう?」という声もあるかもしれません。一見もっともらしく聞こえますが、ではどれくらいの外国人がこのワードを知り、受け入れているのでしょうか。その客観的データをお持ちですか?

正直、エデュでもリアルワールドでも、さほど市民権を得た言葉とは言えません。加えて、あえて選ぶべき理由も、残したいほどの美しさもない。単にそこにあったから使われただけの言葉で、広まっていないのは、多くの日本人が無意識に避け、一部のユーザーのみが頻出させているからのように感じます。

たかが一語、されど一語。そこにも意味と接続、背景、ストーリーまで瞬時に思いを馳せる。その思考の深さと、世界を見据えて接続できる感性こそが、人材の創出や設計において新学部に求められているのではないでしょうか。

東大が開設する「カレッジ・オブ・デザイン」は、単なる国際系新学部ではないはずです。国籍・言語・文化的背景の混交を前提とした知の共創の場として、既存の内と外、国と国という境界そのものを再定義しにかかっている。

それを語るスレッドですから、語る側が語彙の選択に無頓着であって良いとは思えません。

語られない者たちは、語る言葉を奪われるだけでなく、存在ごと見えなくなっていく。

そうした水脈に自覚的であること。その上で、渋谷系や広尾が新たな地図を描きつつあるというなら、我々はその地図を読むための新しい文法をまず問わねばならない。

どんな知を耕し、どの言語で発信し、誰とつながるのか。そこにこそ、教育が向かうべき次の焦点がある。

静けさの中にこそ、応答は宿るのかもしれません。焦燥や希望の背後で語られなかったものに、ひととき立ち止まってみたくなるのです。

【7703536】 投稿者: meta視点から   (ID:3bxLA1lBNkc)
投稿日時:2025年 08月 25日 16:06

やったー400ペタ!

ここ数日は荒らしも消えて削除もなくなり、健全なスレッドに戻って満足です。

これからも皆応援の貴重なご意見、お聞かせください。

【7703649】 投稿者: meta視点から   (ID:duJ7fqBAZDw)
投稿日時:2025年 08月 25日 23:40

西千葉さん、貴重な経験の共有ありがとうございます。

お話からも、東大という機関が、学生の専門的成熟とは別の次元で社会に送り出す責任を担ってきたことが感じられます。

そしてそれは今も、企業・国家といった枠組みの中で、東大というブランドの意味を再構築し続けている証左のようにも思います。

ご指摘の労働力としての保証という視点、新学部の設計においても、実は深層で無視できない要素なのではと感じます。

というのも、今回の学部が掲げている理念や仕組みの多くが、学問の方向というより、むしろ人材像の外部的要請から逆算されているように見えるからです。

英語、寮制、文理融合。どれも抽象的には耳障りが良いですが、その先にどんな実装イメージがあるのか、企業や社会がどのような出口の機能としてこれを期待しているのか、まだ霧がかかったままです。

そして、文系的なリベラルアーツの枠組みだけでは、現代の実学的フィールド(AI・生命科学・エンジニアリングなど)には届きにくい。

これは単に理系が手薄という話ではなく、もはや文理の編成そのものが、知の設計思想として再構成を求められている時代だということだと思います。

学生を就労へと橋渡しする装置であり続けるために、大学はどこまで社会の変化を先取りできるか?

そしてその設計思想が、本当に未来の学びの質に結びついているのか?
今回の新学部は、その問いに対するひとつの暫定的な応答として現れているのかもしれません。

ただ、まだ濃度が足りない。
それが今の率直な印象です。

西千葉さんの印象はいかがですか?

【7703669】 投稿者: 西千葉   (ID:RLlop439quo)
投稿日時:2025年 08月 26日 02:16

私のつまらない話を深い所でお受けとめになり、ありがとうございます。あなたの更なる洞察の一助ともなれば、ですが、東京大学の役割と私が今も考える点を記します。 それは、各学年に10人くらい在籍する最高の知性の方と触れ合う場の提供こそが、その存在意義であり、また果たすべき機能である、というものです。私で言えば、学部生対象の寮で御一緒した、灘から法学部、寮委員長を引き受けた、とにかく威張らない、という方です。財閥系金融の内定を辞退し、今はサムライ業に精励されていますが、まあ、この方と狭い居室で夏、本の紹介をして頂いた一夜はいまも忘れられない、大袈裟でない宝物となっていす。そのような機会の保障をも、今回の新制度は意図していないか、昨日の京大吉田寮の訴訟和解のニュースを敢えて縁(よすが)にし、お伝えさせて頂きます。

【7703670】 投稿者: meta視点から   (ID:G3/18qkM1Pk)
投稿日時:2025年 08月 26日 02:58

西千葉さん、再びの深いお言葉、胸に沁みました。

最高の知性とひとつ屋根の下で過ごす時間が、どれほどかけがえのないものか。。。

それを本当に知っている人の言葉だけが持つ重みが、ひしひしと伝わってきます。狭い居室の夏の夜に交わされた本の話が、数十年の時を越えて宝物として息づいている。その情景の輪郭が、読んでいて静かに立ち上がるようでした。

教育とは、制度ではなく、ひょっとすると記憶なのかもしれません。制度は後から整っていくけれど、記憶は人と人の間にしか生まれない。だからこそ、寮という装置が本質的に持つ意味は、単なる生活の場を超えていたのだと、あらためて思わされます。

お書きくださった「10人の知性と出会える場」という言葉に、今回の新制度がどこまで答えようとしているのかは、まだ見えません。

入試や授業の設計には触れられていても、誰とどんな時間を過ごすかという問いには、まだ何も語られていないように思います。

けれど、かつての東大にそんな時間が確かにあったと記憶されている限り、失われた機能にも、いつかまた別のカタチで光が当たるのではないか。そんな静かな希望も、いただいたように感じています。

ありがとうございました。

*差し支えなければ、その際にご紹介された本をお教えいただければ幸いです。

【7703673】 投稿者: 西千葉   (ID:RLlop439quo)
投稿日時:2025年 08月 26日 04:02

その本棚から(以下、カッコを省きますが)、丸山真男 現代政治の思想と行動、森有正 遥かなノートル・ダム、を取り出されました。また、読書筋というものもあって、鍛えるには人ゴミのカフェで、1章か1節を集中して読むといいよ、などの雑談も、懐かしい思い出です。

【7703676】 投稿者: meta視点から   (ID:f59plgjxNmg)
投稿日時:2025年 08月 26日 05:35

。。。やはり、というべきか。

夜の底で言葉を交わすときの、この妙な親しみ。
深夜の友は真の友、YouTubeで聴いた、古い五木寛之さんのラジオ番組のオープニングが思い浮かびました。

ずっと前から思っていましたが、西千葉さんもまた、インソムニア。。。よく眠れない側の人ですよね?

私も学生時代、受験直前の数か月は、ほとんど眠らずに過ごしました。今にして思えば、追い詰められた不安が、自律神経をじわじわ焼いていたのでしょう。「眠ればすべてを忘れる気がする」という根拠のない恐怖が、毎晩、身体の内側を裏返していた記憶があります。

結局、第一志望には届かず。そもそも人には器があるのだと、数年前に目撃していた、私の1/10も勉強していなかった兄の、あっけない現役合格を思い出しながら、痛感させられました。努力と結果は、必ずしも比例しない。兄が涼しい顔で越えていった壁に、自分だけが弾き返された。いや、それでも私はよくやったと思っています。あれ以上の努力は物理的に無理。彼らは、たまたま化け物だったのだと。

けれど後年、50歳を目前にして、かつて届かなかった理IIIに手をかけたという人と出会い、その均衡はまた別の次元で崩れました。知性のピークを過ぎた頃に訪れる、静かな到達。あれは異常というより、執念に近かったのかもしれません。生物学や脳科学の常識を超えてくる彼もまた、やはり化け物の一種なのでしょう。

そういえば、彼も、兄も、異口同音に言っていました。「理IIIは、化け物が半分、凡人が半分だ」と。いや、凡人などいる筈がない。なぜそんな奇妙な発言の符合が起きたのか、それもまた謎のままです。

さて、眠れないという感覚も、そうした異常のひとつなのかもしれませんね。自分の脳の動きに、身体が追いつけない。眠るという本能に、どこかで抗う何かがある。

そして、そんな私の周囲のよく眠れない人たちが、なぜか皆、頭の回転が鋭くて、本をよく読む気がするのです。いえ、私自身はそこには含めません。読書はしますが、頭は人並み。第一志望にも届かなかった、ただの凡人です。

丸山真男と森有正、西千葉さんの記憶にある、あの夜、並んでいた背表紙が、今、遠い図書館の棚のようにふと浮かびました。

「読書筋」という言葉も、いいですね。ざわついたカフェで、1章だけを集中して読む。そんなふうに鍛えるものなのかと、妙に腑に落ちました。

いい本を、いい時間と、いい空間で分かち合えたという記憶は、知性以上に人をつくるのかもしれません。

ありがとうございました。

知性たちが静かに息づいていた、あの寮の夜の余韻まで。。。お裾分けいただけたような気がします。

さて。夜が明けます。そろそろ寝ますね。おやすみなさい。。。

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