今年入学した高1生が語る青春リアル
東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?
東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」
入試概要:
A方式(50名)
*大学入学共通テストの結果
*高校の調査書(または成績証明書)
*エッセー
*東大が指定する英語試験の結果などの書類
*英語による面接
B方式(50名)
*東大が指定する国際的な統一試験の結果
*複数の提出書類
*英語による面接
特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします
利確くんかな?meta氏に叩かれて逃げたままなのでどうしたのか、と心配していたよ。
東大から米国大学院というのもいいけど、 戻るところがないリスクを背負ってアングラに挑戦する高校生の方が起業家の素質があるからね。
東大出たあと日本の企業や大学院など戻るところがある留学はお遊び留学なんだよ。安心、安全ではあるけど起業家には向かない、それだけの話だよ。
公立伝統校、特に筑駒や桜蔭への通学可能圏域にある学校の生徒の心中には、それらの羨望からの翳りを窺うことが出来ます。それを私は面白がって、嫌われたことがありましたが、悪いことをしたなと、今は反省しております。
羨望の翳りをからかうようにしてしまった、と仰るお気持ちは理解できます。ただ、正直に言えば、その程度の揶揄で心を乱されるようでは、これからの日本社会はますます厳しいかもしれません。異質さや摩擦に耐え、時に笑い飛ばしながら受け返すだけのタフさを持つことは、学歴や序列以上に生き抜く力になるはずです。
私自身、桜蔭という立場から眺めていても、羨望というよりはむしろ異質と感じられる視線の方が強かったように思います。自意識過剰だったのかもしれませんが、後から振り返れば、実際にはそこまで意識されていなかったのだろうと今は思います。けれど、そのときの違和感が、むしろ自分の居場所や立場を逆照射するきっかけにもなったのは確かです。
羨望や劣等感は負の感情に見えて、実は未来を切り開く原動力にもなり得る。光の正体は影とのあわいにしか見えないように、揶揄や衝突もまた、次の景色へとつながる小さな試金石なのだと思います。
物語として聞けば確かに面白い一幕ですね。ただ、そうした「泥の成分」を笑いながら話せる余裕こそが、伝統校の光と影を一番よく表しているのかもしれません。制度の正統性が揺らいでも、そこで生きる人々の経験は消えない。むしろ、その矛盾をまともに受け止めず、どこかで奇異のものとして眺める感覚の方が、後になって意味を持つ気がします。
結局、どの学校にいたか以上に、何を「泥」と感じ、何を「光」と感じたか。その違いが人の歩みに尾を引くのではないでしょうか。
日本語で高等教育を受けていないと日本での就職が難しいと言うけど、そんな日本企業あるのかな?もしそれが本当ならその日本企業は終わっているよ。少子化でほとんど日本人が採用できなくなる時代にまったく対応できていないよね。
ま、アングラからいくような人は日本企業を選ぶとはとても思えないけど。外資系コンサル等の日本支社勤務などを希望する人はいるかもしれないけど。




































