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東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?

【7697918】
スレッド作成者: 東大王 (ID:nMjSBSRGBB.)
2025年 08月 06日 17:57

東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」

入試概要:
A方式(50名)
 *大学入学共通テストの結果
 *高校の調査書(または成績証明書)
 *エッセー
 *東大が指定する英語試験の結果などの書類
 *英語による面接

B方式(50名)
 *東大が指定する国際的な統一試験の結果
 *複数の提出書類
 *英語による面接


特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします

【7708542】 投稿者: 時代の変化に気づこう   (ID:DaAVo8mXFvc)
投稿日時:2025年 09月 10日 23:20

御三家の中で、最低実質倍率の1.8と不合格より合格する人の方が多い桜蔭は、出願者減少が顕著。

50%偏差値が低い学校は実質倍率が低い。だから、こんなに差が開いてしまう。

62 渋渋
61
60
59
58
57
56 桜蔭

この差は将来の進学実積に繋がる。今年東大現役合格率が渋渋の方が高くなったのには理由がある。

【7708545】 投稿者: meta視点から   (ID:5eUhfLGafa6)
投稿日時:2025年 09月 10日 23:25

成程。

倍率そのものは指標のためにあるわけではなく、入学者の質や歩留まりを管理するための副次的な要素と考えた方が現実的ですね。

桜蔭に限らず御三家レベルの私立中学校では、受験生の「勝算意識」や入試日程・出題形式の影響の方が、単純な志望者数よりも入学者の質に直結します。

少子化の影響で市場規模が縮小する中、定員を微調整するのは倍率維持のためではなく、教育の質を保ちつつ、優秀な生徒を確実に確保するための戦略的なシフトでしょう。

更に、教員配置や施設運用といった運営コストの最適化も絡むため、定員調整は単なる学力維持策に留まらず、質と効率の両立を狙った総合戦略と見るのが自然でしょうね。

【7708551】 投稿者: 50%偏差値の意義   (ID:DaAVo8mXFvc)
投稿日時:2025年 09月 10日 23:48

80%偏差値に比べて50%偏差値が極端に低い学校の共通点は実質倍率が低いこと。

実質倍率が低いと偏差値低くても合格できてしまう。だから、50%偏差値が低くなる。御三家の50%偏差値が低いのは実質倍率が低いから。

【7708553】 投稿者: meta視点から   (ID:mokKyOQykBg)
投稿日時:2025年 09月 11日 00:02

うーん。

あなたの主張、表層的相関に過ぎない。

偏差値50%が低い学校の共通点を実質倍率が低いと単純化するのは、因果関係の取り違え。

現実には、御三家や桜蔭レベルの学校の偏差値や入学者の学力は、倍率だけで決まるものではない。

第一に、私立御三家の入試は倍率が低くても受験生の質が高く、勝算意識によって志望先が分散する構造。倍率はあくまで結果の副産物、学力そのものの指標ではない。

第二に、偏差値50%は学校全体の教育水準・入試日程・出題形式・歩留まり・少子化の影響等、複数要素の総合結果。「倍率が低いから偏差値が下がる」と因果を単純化すると、教育現場や入試市場の構造を完全に無視することになる。

要するに、御三家や桜蔭の偏差値50%の数値だけを切り取って議論するのは、局所的な数字に振り回され、教育や入試市場の本質をまったく理解していない浅薄な読み。

殊、東大新学部スレで延々とくだらない倍率話を続ける意味は全くない。

倍率大好きスレッドでも立てたら如何?

【7708554】 投稿者: なんで   (ID:UmIOUK2g4B.)
投稿日時:2025年 09月 11日 00:02

何度も同じこと繰り返してんの?

【7708558】 投稿者: meta視点から   (ID:mokKyOQykBg)
投稿日時:2025年 09月 11日 00:15

再掲。

あまりにくだらない方向へ逸れている。

学校が「探求教育をやらせる」時点で、それはすでに探求ではない。制度化され、パッケージ化された探求は、優秀な子にとってはただの演習問題に過ぎず、その他大勢にとっては「探求ごっこ」で終わる危うさを孕んでいる。

けれど、これは教育制度の限界であると同時に、日本社会の深層に染みついたメンタリティとも直結している。

寄らば大樹、付和雷同、空気を読んで異を唱えない。独自性を持たず、群れに埋もれて安心しようとする。そもそも、自分として生まれて来たのに、誰か仲間がいないと不安という感覚そのものが、私には理解できない。

セールスフォースの日本のCMをご存知だろうか?こうした我が国の風土に鋭く切り込む深い“コトバ”だ。

“Rather than being in a crowd without reason, become isolated with a reason.”

「無意味に群れるのではなく、意志のある孤立を」

群れに紛れることで安心を買う代わりに、独自性を放棄して空虚になる。これが日本でイーロン・マスクのような独創的リーダーが生まれない最大の理由。

この際、全文掲載しようか。

Are you satisfied with the world we live in now?
Rather than perfection, but an eternal imperfection
Rather than criticize, but to suggest
Rather than to grieve, but to have humor
Rather than being ordinary, but to be extraordinary
Rather than for the past, but for the future
Rather than to say what’s right, but to do what’s right
Rather than being in crowd without reason, become isolated with a reason
Rather than just for myself, but for the world
Rather than the world as it is now, but to a world better than ever.We have the power to make this world much more interesting
To the World Beyond

今の世界で、満足か?

完璧よりも、永遠の不完全を。
批判よりも、提案を。
嘆きよりも、ユーモアを。
常識よりも、非常識を。
過去よりも、未来を。
正しいことを言うよりも、正しい行動を。
無意味に群れるよりも、意志のある孤立を。
自分のためのみよりも、世界のためを。
今の世界よりも、これまで以上の世界を。

人間次第でこの世界はもっと面白くなる。

さあ、次の世界へ。


批判ではなく提案を、常識ではなく非常識を。孤独を恐れずに飛び込む人間だけが、新しい景色を切り拓く。

思い返せば、私の周囲にもいた。米国の大学に単身で進学し、サスペンションの研究からスタートアップを興し、後に会社がGoogleに買われ、そのままGoogleで働く知人、フランスに渡り、今やPRADAの広告に立つ同世代の知人、国連でキャリアを築いた後に、法人企業の海外進出をバックアップする会社を立ち上げ、アフリカや中東あたりの辺境の地で、ガチで勝負している仲間。何れも、誰かにやらされた「探求」ではなく、自らの意志を燃料にして跳んだ人々。

制度化された「安全な探求」と、制度も保証もない「孤独な飛躍」。教育は投資であると同時に賭けである以上、家庭がどちらに舵を切るかが本質。

パンフレットに映る数人の成功者や表層的「グローバル」という耳障りのよい言葉に目を奪われている時点で、すでに視座を外に明け渡している。

教育の本質は風に翻弄されることではなく、自ら風を起こすこと。

天は自ら助くる者を助く。

制度も流行もいずれ色を変えるが、自らを駆動する意志だけは奪われない。

風を待つ者に未来はなく、自ら風を起こす者だけが、新しい大地に立つ。

【7708564】 投稿者: 探究   (ID:KVW42w.7ATQ)
投稿日時:2025年 09月 11日 01:27

探求ではなく探究です。

探求だと誤解しているから、学校がやらせる時点で探求ではない、という話になってしまうのでは。
学校がやらせても、生徒が探究心を持って取り組むことは可能で、学びもあるのでは。

【7708565】 投稿者: 違和感   (ID:Kw5HpETSwWg)
投稿日時:2025年 09月 11日 01:51

そもそも探究の時間が時間割に組み込まれてること自体に違和感なのよ。
え、探究って学校で皆んなで一斉にやるの?て違和感、分からないかな。
学校はきっかけを作るとか好奇心を刺激する程度の関わり方が理想。
まあ、探究のハウツーを学びましょうってことなら皆んなで一斉にどうぞ。
ただのグループワークとどう違うのか分からんけどね。

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