今年入学した高1生が語る青春リアル
筑駒が渋渋にとらえられる日がくるのか?
もはや誰も疑う余地のない渋渋の快進撃ですが、このまま行けば筑駒の位置をとって代わる事もあると思いますか?
高校はもっと前に創立されている。初年度から受験者で溢れ、最初から偏差値50を超えた学校なので、驚異的でしょ。
特に帰国生や留学生とともに学ぶ教育やグローバル教育で当時は画期的な教育だった。そういう新しい取組をしているところが委員に選ばれる。
最近では広尾が未来人材ビジョンなどの研究会の委員に選ばれている。東大教授やベンチャー成功企業経営層などとともに委員に選ばれている。
ゆとり教育へのダブルスタンダードを、商売上手と捉えて好意的に捉えるか、利己主義と捉えて否定的に捉えるかは、人によって違うと思います。
社会に出ると二枚舌を使い分けることを求められますし、握手しながら殴り合う交渉も発生します。
異性との関係も似たようなものです。
そのような環境を早期に経験できることが共学の売りです。
渋渋をサゲている、と主張している人達は、逆に渋渋の在り方を否定しているような気がしますけどね。
「ゆとり教育へのダブルスタンダード」が事実かどうか確認とれていませんよね。
ゆとり教育と学力低下について詳しくないのであまり語れませんが、理念は良かったけれど、具体的な制度、運用、実践に問題があったようですね。
理念は、知識の詰め込みではなく自ら学び考える力を育てるということで、基礎知識の習得が前提だったけれど、制度、運用、実践に問題があって基礎知識の習得が疎かになってしまったということかと。
渋谷教育学園はまさにこういう理念の教育をしていて、うまくいっているけれど、公立はうまくいかなかった。
しかし、下に記載した田村氏の発言内容を見ると、こうなることを狙ってゆとり教育を推進したとは思えません。
推進者は田村氏だけではないのだし。
第166回国会 教育再生に関する特別委員会 第8号(平成19年5月8日(火曜日))
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/017816620070508008.htm
田村氏の発言内容(抜粋や要約)。
●義務教育の現場における現状認識と教育再生の到達目標について
・これからの社会では自ら目標を設定して努力する力が求められるため、従来型教育だけでは不十分という反省がある。
・「ゆとり教育」と呼ばれるが、正式にはそのように言ったわけではなく、マスコミが使った表現。
・ゆとり教育は基礎知識を身につけた上で自ら学び考える力を育てることを目的としていたが、現場で十分消化されず課題が生じた。PISA型テストの結果を踏まえ、教育改革に活かして改善していきたい。
●学力向上施策について
・授業時間を増やすと基礎学力は上がるが、意欲が低下する恐れがある。
・ゆとり教育は授業時間を減らし、学習への興味・関心を高めることを狙ったが、実際にはうまくいっていない部分がある。
・学力は基礎知識だけでなく学習意欲も含み、意欲を高めるには多様な体験が必要。教育は基礎力と意欲のバランスを意識して改革していくべき。
こうなることを狙ってゆとり教育を推進したかどうかに関わらず、ゆとり教育は失敗に終わりました。
中教審の委員の責務は日本の教育や文化、学術に関する需要事項について調査・審議すること。結果的に大失策であり、当該世代の子どもたちは、ゆとり世代など揶揄された。本人たちには不可抗力なのに。
その大失策を推進した委員を、あたかも成功者の勲章であるかのように、渋渋推しの人が言っているのが、おかしいということです。
ゆとり教育を推進したのは事実のようですが、渋幕がゆとり教育を実施しなかったのは事実なのですか?
ゆとり教育が何を指すかによりますが、自ら学び考える力を育てるという主目的を指すなら、渋幕では実施されているのでは。
主目的達成のために授業内容や授業時間を削減してゆとりを作ることを指すなら、その度合いは学校ごとに任されていたようです。
これは私の考えですが、基礎知識の教育と自ら学び考える力を育てる教育を両立するために、公立は授業内容や授業時間を削減して習得する基礎知識量を減らした方が良いが、生徒のレベルが比較的高い渋幕のような学校ではそうしなくても両立できるように思えるので、削減の度合いは学校によって違っても良いのではないかと思います。
こういう考え方だったとしてもダブルスタンダードと批判されるのでしょうか。




































