在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
日本人の富裕層、海外赴任者、デジタルノマド等の保護者を中心に日本の教育を避けて海外の教育移住が急増するのは、日本のGDPが世界5位まで落ち、研究力が3年連続13位と落ちるところまで落ち、市場価値でトップ50にはいる日本企業が一つもないという落ちこぼれた国以外の海外でも生き抜いていくことができるようにという保護者の真剣な教育選びの結果。
12歳の頃から答のない課題について、君はどう考えるのか、と問われ続ける海外の教育と日本の教育では、もはや世界で日本が勝ち抜くことができないほどの差をひろげてしまった。
大学は早急に東北大のように、一般選抜入試を廃止して、総合型選抜入試や学校推薦で答のない課題設定能力、課題を解決する取組能力、創造力と社会が必要とする人材の育成に転換すべきだ。
東大学校推薦を出した高校は
という記事に
来年は東大新学部の入試があり、東大合格実績を出す学校は変わる可能性がある。
以上
英語入試、英語面接、英語論文等が入試で課され、従来学部は定員が100名減少するので、東大ランキングは少しづつ変わってくるだろう。
東大新学部の総合型選抜入試と推薦入試がどういう学校から選ばれるか、東大はディープテック学部構想400人もあり、総合型選抜入試が増えていくことは良いこと。
……受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
→東大を頂点とするヒエラルキー、難関大への現役進学の為なので意味は充分にある。
……共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
こういうのは、大学受験制度を根本的に変更することなど不可能な現時点での、絵空事です。
高校別入学ランキングを競っている東大を頂点とする超難関大学学部が受験制度をそれこそドラスティックに変更することなど出来る訳がなく、現行制度の中でちまちまと選抜方法を変えた入試を一部分だけ実行していくだけ、。
日本人の特性、社会とは、。個々の力を集め、結集し、より素晴らしいものを作り出す能力合体社会の構築、参加。協働する民族です。
中等教育時点でそういう協働教育を教えられるとことは→現、大学受験が存在しない→大学入学が保証されている中学高校しかないのではと思いますよ→
所謂、大学付属。その学校から進学するその大学が、現在の日本社会に影響を与えうる存在であることこそが望ましい、、。
早慶付属、、。
たとえば大学総長が学校の理事長やってる早実の公式HP閲覧すると、もう、彼が考えている大学生像がすけてみえてしまいますよ。大変興味深い。
あと
東大、大学入学試験選抜は、どんな方法でやったとしても、結局受験産業、対策に長けてる難関進学校!に寄与する結論結果になるんだからねこれ、、笑。
入試が変われば高校ランキングは変わるよ。
海外大学は広尾や三田国際等が多いように
東大推薦は渋渋が多いように
入試が変われば問われる能力が変わるので、高校ランキングは変わる。
問題はどのような能力を大学が求めるか、
答のある問題を解くことができるだけの人間を選抜するか、
答のない課題を設定し、課題解決に取組能力があるか、価値を創出する能力があるか、
社会は後者の人間をのぞむのに、大学入試が前者なので、多くの子が受験勉強という無駄な時間を費やす。これを避けるには、社会がのぞむ能力を大学が求める必要がある。
> 答のない課題を設定し、課題解決に取組能力があるか、価値を創出する能力があるか、
もっともだとは思うけど、課題設定能力や課題解決力、価値創出力はどうやって涵養できますか?また、どう評価(選抜)しますか?
>多くの子が受験勉強という無駄な時間を費やす。
東大に行くような人は、物事を俯瞰してみてるから、受験勉強も問題の構造や出題の意図などを楽しみながら取り組んでいますけどね。また、受験勉強の合間に、文学全集を読破したり、学期を演奏したり、脚本を書いたり…、こういうエネルギーが湧いてくるのは、自分で自分に手かせ足かせをしている、弛緩しきった自由からは何も生まれてこないことを自覚しているからなのよ。実際に受験勉強しかしていないという人はまれだと思いますし、そういう人がいるなら、その専心ぶりはむしろ尊敬に値しますね。
例えば、東北大のゲートウエイカレッジで求める学生像は、
専門分野への情熱だけでなく、異なる学問分野を横断的に学び、自ら問いをたてて探究する力
多様なバックグラウンドを持つ人々と積極的に対話、議論し、互いの意見を尊重しながら共通の課題を共有、解決する力
既成概念にとらわれない柔軟な発想で、困難な課題に臆することなく挑戦、先導する力
を備えた人を求める。
とあり、この学生像に適する人材を書面、論文、面接等を通じて選抜する。
こうした総合型選抜入試が主流になれば、中高の教育も変わる。自らの関心、好奇心、探究心に基づく主体的な学びを中心に、中高は、それをサポート、支援する役割を担う。なぜ君はそのように考えるのかを問い続ける。
学習指導要領も探究が高校生から教科となったが、次期学習指導要領はさらに探究を情報と連携して深く探究する方向性で議論が進んでいる。こうした学びを生かした大学入試は総合型選抜入試や学校推薦が主流となっていくのは確実。
大昔の教育大附属駒場、教育大附属の時代、アクティブラーニングなんていう言葉が全く聞こえてこない時代から、この2校は高度に探求的でした。どっかに書いたかも知れないけれど、異なる考え方や思想の著者による新書を二冊買わされ、なぜそこような考え方の違いがあるかを考察し、自分の立ち位置もさだめる、これをレポートにし、プレゼンする、という課題があり、最初はうんざりしたけれど非常に面白かったのを覚えています。
子供は模擬国連に参加しましたが、特定テーマについて何ヶ月もかけて下調べをして参加グループの主張をまとめる、という準備が続きます。当然下調べは国連の文書だったり各国の政策や政府見解だったり、英語学習者向けの文章は皆無、これを英語でやり切って3日間ぶっ通しの英語の議論に耐える準備をしていました。
トップクラスの高校、トップクラスの生徒は今も昔もそうだし、別に入試準備だけガリガリやるわけではありません。
探求的でもアクティブラーニングでもいいけれど、必要性が叫ばれる割には、中上位くらいの生徒にどうやらせるか、未だにノウハウは溜まっていないように思います。
東北大の試みは立派ですが、教官と研究のレベルの高さに比較して大学入試偏差値が今一つ、という現状から、一抹の不安を感じています。
あとね、答えのない問題、という言葉が随分出てくるけれど、答えのある問題をきっちり解くことができないのに、そういう基礎力の欠如に目をつぶって答えのない問題といっても仕方ないようにおもいます。




































