在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
答のある問題を解くことができるだけの人間より、おままごとの方がましでしょう。
講義型等の受動的な学びでは、研究力も産業創出力もほとんど結果がでなかったのだから教育を変えるしかない。
現在の学習指導要領は高校生に探究を科目として位置づけたが、次期学習指導要領はさらに探究と情報を連携して主体的な学びを深掘りする方向性で議論が進んでいる。
自分のキャリアプランを構築して自立的な学びに変えていくことが必要。
理想としては理解できますが、やや現実を無視した議論に見えます。
探究や主体的な学びは確かに重要です。しかしそれは基礎学力の上に成り立つものです。答えのある問題を解く力が不足したまま探究を行っても、深い思考には至らず、結局はおままごとになりやすい。
そもそも、日本の研究力や産業創出力が低下した原因を、講義型教育だけに求めるのは単純化しすぎです。研究費の減少、若手ポスト不足、任期付き雇用の増加など、研究環境の悪化が大きな要因と指摘され続けています。教育手法だけを変えれば解決するほど問題は単純ではありません。
さらに言えば、いわゆる旧態依然と批判される戦後の受験戦争世代こそ、アジア最多のノーベル賞受賞者を生み出してきた世代でもあります。講義型教育と受験中心の基礎訓練を受けた世代が、結果として世界的な研究成果を出してきたという事実は無視できません。
探究を否定する必要はありません。しかし、基礎を軽視して探究だけを重視するのは順序が逆です。基礎があるからこそ、深い探究が成立する。
教育は二項対立ではなく、積み上げです。
基礎の上に探究がある。この順序を外した議論は、理想的に見えても現実には機能しないと思います。
今までの教育を受けてきた人間によって、日本は衰退を続けてきた事実を直視すべき。
研究力も産業創出力もGDPもあらゆる指標で日本は落ちまくっている。
この現実を変えるためにどうすべきか、どういう教育が必要か、真剣に考えるべき。富裕層、海外赴任者、デジタルノマドの日本人が日本の教育を避けて海外教育移住する人が激的に増えている。
日本の教育はもはや日本人に避けられている。今の答のある問題を解くことができるだけの人間をつくり続けたら、みんな日本から逃げ出してしまうだけ。
何度言ってもわからないようだね。基礎学力の上に探究ということに誰も反対していない。
答のある問題を解くことができる
だけ
の人間を大学が選抜していることが問題だと言っているんだよ。
総合型選抜入試は学力検査が必須で答のある問題を解くことができることが前提なんだよ。誰もそこは否定していない。
問題は、答のある問題を解くことができる
だけ
の人間を大学が選抜していること。
答えのある問題すら解けない探究は、ただの感想文です。
大学がまず基礎学力を見ざるを得ないのは当然の話で、そこを飛ばして選抜しろという方が非現実的。
探究を語る前に、土台の現実を見た方がいいと思います。




































