在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
留学予備校の話では、レジュメ、エッセイ、推薦状読むのに、最大5分とか言ってたな。基本、皆盛り盛りの武勇伝をゴーストライターつけて(本人が原案書いても原型なくなるほどプロが直す)書いて来るので、まあ横一線にしかならない。となると、例えばHBSなら1000人ほどの新入生取るために何万人もの出願読んで、2000人合格させるとすると、GPAやGMATで流れ作業で絞り込んで行く。キミらだって三菱商事のエントリーシートにどれだけ個性を埋め込んでも学歴フィルターがかかるの知ってると思うけど?
最終合格には1人のディレクターが全員目を通して、公平に合否を決めないとならない訳だから、そらもう絞り込みは機械的にやらないと人手が回らないわけ。アドミッション・オフィスでは数十人で手分けしても横の標準化はしないとならないし。
そういや、東京でインタビューもあったけどね。インタビュー受ける段階で相当絞り込みは済んでたと思うよ。
企業や官庁等のお遊び留学に意義はない。税金などの人の金で留学して、むこうで相手もされないような人材は海外の大学院等行くべきではない。
戻るところのある人間が、必死に米国等で生き抜いていこうとする外国人留学生に相手にされるわけがない。
GPA等の基礎学力程度でしか能がない人間が企業や役所等のバックで入学できただけなのに、お客様だったというだけの話だろ。
率直に言うと、方向性としてはかなり同意です。
ただし、少し理想論寄りで、現実の難しさも大きいと思います。
確かに
課題設定能力
解決能力
独創性
価値創出
これらが重要なのは間違いありません。むしろ現代社会では最も重要な能力の一つです。
特に投資や起業の世界では、正解のある問題を解く能力より、問題を見つける能力の方が圧倒的に価値が高い。これは実務を見ていると本当にそう感じます。
ただ一方で、大学入試でそれを評価するのはかなり難しい。
理由はシンプルで、客観評価が難しいからです。
答えのある問題なら
点数
偏差値
順位
で比較できます。
しかし独創性や課題設定能力は
評価者の主観
環境格差
指導者の影響
こうした要素が強く入り込む。例えば
親が研究者
学校が探究型教育
海外経験あり
こういう環境の人が圧倒的に有利になります。
つまり、本来は才能の評価のはずが、環境格差の評価になりやすい。だからこそ、多くの大学はまだ従来型試験を残しているのだと思います。公平性を担保するためです。
ただ、それでも私は方向としては変わっていくと私は思っています。実際すでに
総合型選抜
推薦
海外大学のホリスティック評価
こうした流れは強まっています。
そしてもう一つ重要なのは、大学入試だけではなく、その後の環境です。
仮に独創性のある学生を選抜しても
画一的な講義
失敗を許さない評価
前例主義
こういう大学環境なら能力は伸びません。
寧ろ日本の問題は
選抜よりも教育環境
こちらの比重の方が大きい気もします。
更に踏み込むと日本社会全体の問題でもあります。
新しいことをやると叩かれる
失敗すると評価が下がる
前例がないと動けない
こういう文化では、大学だけ変えても限界があります。だから、この投稿の方向性には賛成ですが
教育だけ変えれば日本が変わる
ここは少し単純化しすぎている気もします。
教育
社会
企業
評価制度
これらが同時に変わらないと、本当の意味での変化は起きにくい。ただ、それでも入口として教育が重要なのは確かです。
そういう意味では、かなり本質を突いた意見だと思います。
エデュにコメントする人間たちをみても絶望するように、年寄りにいくら言っても無理だ。
つまり、日本企業や日本の大学等を変えることはすごく難しいし、時間がかかる、コーポレートガバナンス改革や大学経営改革で組織外の株主や社外取締役等の制度を整えたり、コードをつくっても機能していない、
他方、若い子どもたちは教育で変えることができるし、変わることができる。子どもには柔軟性があるし期待できる。まずは教育を変える。講師や学校の経営層を変える。
私学をみていると大学より競争があり、新しい教育や考え方を取り入れている学校がいくつか出ている。そうした学校を中心に教育は変わっていく。また、そうした学校は保護者が校長や理事長を含め、今の日本の教育では世界に勝てない、世界の教育の方向性はこうなっているし、こうした教育が必要なのではないか等を意見交換しながら、それを実践する学校も出ている。
できるところから、変えていくしかない。




































