在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
タイトルに沿ってみれば、受験での「運」というものを考えても良いでしょう。例えば、暫く前の駒場合格者へのアンケートで、受かった理由の第一位は、運が良かったから、でした。取り組みやすい出題だったのがその中身でしょう。そこで、東大合格者に占める都道府県立校のその数の比率を追って、その当たり年の周期を仮説し、受験学年を見越して公私立校を選ぶという「運」の引きようがあると思います。今年の北海道立校の増加などをみると、強ちホラとは言えないかと思います。
結論が「よい人材」だからね。
これは「よい車」とか「よいハサミ」に比べて、めちゃくちゃ難しい問題だよ。
桂春団治なんかが例によく出されるけど、職人としてめちゃくちゃ腕がいいけど、生活が破綻してて、家族や親類縁者に迷惑をかけまくる人は「よい人材」なのか?
割と昔の日本は包容力があって、人の長所を拾うところがあったが、コンプライアンス第1の今では松本人志は干されたままとかね。
まあ「いいハサミ」はよく切れるハサミなんだろうが、「いい車」だと速い車、かっこいい車、荷物が積める車色々曖昧。
まして「いい人材」なんて人の用途が決まらない以上どうにも議論しようがない。
何をもって凋落と言っているのか。一般選抜入試はすでに46%しか占めていない。半数以下。私大は40%以下。
その数少ない一般選抜入試での偏差値上下に意義はなくなっているという話なんだよ。
なぜなら各学校のトップ層は学校推薦ですでに合格している。学力だけでなく課題設定能力や課題解決能力等を有する優秀層も総合型選抜入試で年内に合格している。
一般選抜入試は残りのあまった人たちの中での競争にすぎない。偏差値の意義はなくなっているということ。
東大は来年から新学部が総合型選抜入試、ディープテック学部構想等も総合型選抜入試となろう。つまり、東大も3000人中600人は学校推薦や総合型選抜入試となる。
まずは東大は結果を出すべき。トップ10%論文数でも海外トップ大の半数以下、ノーベル賞にいたっては話にならないレベル。基礎研究でこれだけ差があり、大学発スタートアップ起業創出数は10倍以上の差がある。
これで日本が勝てるわけない。デジタル赤字は米国に年間10兆円近くなりつつある。日本は米国のデジタル植民地レベルだよ。AI、クラウド等まったく競争力がない。
まずは東大は結果を出すべき。結果を出せないなら、教育や入試を米国トップ大のように変革すべき。




































