女子美の中高大連携授業
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
次期学習指導要領の改訂において、ギフテッド小学生、中学生が大学等で学ぶことができるようにする、とのこと。
IQで判断しない、
算数、数学
理科、などで突出した才能のある子は
その分野において、大学等で学ぶことができるようにする、また、突出する分野については小中学校の特定科目を受けず、大学等で学ぶことができるようにする。
どう運用するのかはこれからだと思うが、小中学生が大学で学ぶようにできる、2030年次期学習指導要領改訂にあわせて実施。
高校生が大学の授業で学ぶだけではなく、小中学生も大学で学べるようにするとのこと
その指摘は筋が通っていると思います。
私自身、学生時代に法人を3つ立ち上げて、いまも継続しています。結果として回っているから語れているだけで、途中で崩れていれば再起は相当厳しかったはずです。日本は失敗のコストが高い。信用、資金調達、再チャレンジの導線、どれも一度躓くと急に細くなる。
問題はここで、個人にリスクテイクを求める議論と、社会としてリスクをどう扱うかの設計が混同されがちな点です。前者だけを強調すると、結局は「成功した人の自己責任論」に回収される。一方で、米国や中国が強いのは、挑戦の総量を増やす制度があるから。失敗しても資本や人材が再配分される仕組みが回っている。
日本は逆で、失敗が長く尾を引く構造のまま「もっと挑戦しろ」と言っている。これでは合理的なプレイヤーほど動かない。だからリスクを取る個人の問題というより、再挑戦のコストをどこまで社会で吸収するかの問題です。
要するに「あなたはリスクを取っているのか」という問い自体は正しい。ただ、その次に来るべきは、個人の武勇伝ではなく、失敗しても戻ってこられる仕組みをどう作るか、そこまで踏み込まないと議論としては片手落ちです。
東大と京大の入試試験問題をチャットGPTに解かせると、合格者の最高得点を上回り首席合格を果たした。
東大理3の最高得点者より50点も高かった。数学は満点。
以上
この日経記事の記事を見て筆記試験のみの一般選抜入試で学生を競わす意味はないことがよく分かるだろう。
その記事の読み方が浅い。
OpenAI のモデルが高得点を出した事実は否定しない。だが、それで「一般選抜に意味がない」と飛ぶのは雑すぎる。
今回露呈したのは、試験の無価値ではなく、試験で測っている能力の外部化だ。
構造化された問題、既知の枠内での最適解探索。この領域はすでに人間専用ではない。だから点数勝負だけに価値を置けば、AIに代替されるのは当然だ。
だが、それで終わりではない。
どの情報を採用するか、どこで疑うか、どこで自分の判断を差し込むか。
つまり意思決定の主権は外部化できない。
ここを見ずに「試験は無意味」と言ってしまうのは、問題の核心から逃げている。
さらに言えば、今は単なる“高得点AI”の話ではない。
Anthropic のミュトスが示しているのは別のレベルだ。既知の問題を解くだけでなく、未知の脆弱性を見つけ、その突き方まで具体化する能力が現実に射程に入っている。
これは受験テクニックの話ではない。
制度や社会の前提に触れる話だ。
この環境で問われるのは、「解けるか」ではなく
どう関与させるか、どこで切り離すかだ。
だから入試が無意味になるのではない。
中身を変えられる側と、変えられずに空洞化する側に分かれるだけだ。
結論を急ぎすぎると、いちばん重要な部分を見落とす。
答のある問題を解くことできるだけで選抜してしまうことは、AIで代替される能力だけの競争を人間がしても無意味なのであって、基礎学力自体は必要。
答のない課題を自ら設定し、その課題を解決するための取り組みを評価することが不可欠。AIを活用する、またはそれを凌駕する新しい価値を創出する能力が重要なのであって、AIにも劣る能力を競いあっても無意味ということ。
言っていることは小学校の教科書レベルで正しいが、現実の設計に触れてもいないし、落ちていない。
「答えのない課題」は評価が難しいからこそ、結局は再現可能な基礎学力で担保する。そこを外せば、恣意と演出が入り込むだけ。AIが代替するのは作業の一部であって、前提条件の設定や誤り検出にはむしろ基礎が効く。
さらに、「AIを活用・凌駕」という抽象で止まっている。何をどう作り、どう検証し、どう他者に価値として渡すのか。その具体がない限り、ただのスローガン。
要するに、基礎を軽く見て抽象を持ち上げているだけ。順序が逆だ。基礎で再現性を作り、その上で課題設定と価値創出に行く。この階層を踏めていない時点で、議論として成立していない。




































