アートの才能を伸ばす女子教育
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
起業家になればいい。起業家等になれば人事で左右されることはない。サラリーマン的発想だ。
例えば学歴について、企業が東大から採用しなくなれば東大にいく人はほとんどいなくなる。
東大が国際卓越大学から落選し研究資金確保すら困るようになれば、研究大学ではいられなくなる。
ライバルの東北大がすでに世界中から優秀な人材集めをし、東京科学大が5000億円の基金運用益で研究資金を稼ぐようになれば、優秀な研究人材を集めることができる。
東京科学大は、博士課程の人材に最高1000万円出して、有能な研究者を集める予定。研究力も産業創出力も東大をうわまわれば東大より東北大や東京科学大を選ぶ人も増えよう。
中高が筑開聖から渋幕、渋渋、広尾などの台頭に変わってきたように、大学序列も大学の稼ぐ力、研究力、産業創出力等で序列は変わる。
現在でも企業はポテンシャル採用が基本で、学歴はフィルターにすぎない。つまり、最初の段階での足ギリでしかない。学歴は武器にはならない。単なる足ギリラインだ。
社会は能力で選抜するので、学歴で選抜するわけではない。学力と社会が求める能力は違う。
総合型選抜では大学が求める学生像、アドミッションポリシーに相応しい人材かどうかで選抜する仕組み。マッチング入試。企業の採用もマッチング採用。
大学が求める能力と社会が求める能力は同じであるべきなのに、大学入試では学力を求めているため、中高の教育が学力向上偏重になってしまっている。
これを是正しているのが答のない問いを設定し解決する能力や外国人留学生と共修する能力などを求める総合型選抜入試等が主流となっていけば、中高の教育は変わっていく。
中高の序列が御三家等の伝統校を渋幕、渋渋、広尾などが抜いていくのは、社会の変化、保護者や子どもの考え方の変化なんだよ。
従来の教育のように答のある問題を早く正確に解くことができるのは、AIが東大の問題をほぼ満点とった時代に、人間にその点数を競わせても無駄なんだよ。
人間はAIができないことを学ばなければならないのに、AIがほぼ満点とれる答のある問題を解くだけの入試を競っても意味がなくなっているんだよ。
そう思わないない。































