アートの才能を伸ばす女子教育
2026 首都圏S50%結果偏差値 男子
67 筑駒
66
65
64
63 開成
62 聖光
61 渋幕
60
59 渋渋
58
57
56
55 市川、海城、広尾、早稲田、栄光
54 浅野、筑附
53 早実、慶応普、慶応中
52 駒東、武蔵、早大学院
51 麻布、慶応湘南、都立小石川
50 栄東東大、県千葉、東邦、東農、明大明
だから、その市場で選ばれたを万能理論みたいに語る浅さなんですよ。
受験市場で人気化したものが、即ち教育の本質的優位を意味するなら、日本の教育史はこんなに迷走していません。
ゆとりも、詰め込みも、英語4技能も、アクティブラーニングも、その時代ごとに“新しい教育”として持ち上げられてきた。
そして保護者は常に、不安と期待の間で揺れる。
共学人気も、その一部です。
時代の空気、ブランド、立地、SNS的イメージ、進学実績、出口戦略、その複合。
なのに、そこから突然「だから共学が本質的に優れている」に飛ぶ。
その短絡が雑なんですよ。
しかも本当に優秀な学校は、共学か別学かをアイデンティティの中心に置いていない。
教育の核は、教員、文化、同級生集団、家庭、知的空気、自由度、その総体です。
共学か別学かだけで教育を語り続けるのは、レストランを看板の色で評価しているようなものです。
と、言っても理解する「オツム」がないですから。
“共学校の台頭は、子どもたちの志向であり多くの保護者がそれを支持した結果”
を、永遠にループするのでしょうね。
いってらっしゃーいノシ
偏差値は上がっているので
トップ層が増えているんだろうね
■ 渋渋男子 2/1
志願者(前年比) → 4月公開偏(前年比)
2013 159名▼11% → S53 Y63 N59
2014 128名▼19% → S54 Y63 N61
2015 131名△02% → S54 Y62 N62
2016 196名△50% → S55 Y65 N61
2017 186名▼05% → S55 Y65 N63
2018 178名▼04% → S57 Y65 N63
2019 178名±00% → S57 Y66 N64
2020 134名▼25% → S58 Y66 N66
2021 130名▼03% → S58 Y66 N67
2022 148名△14% → S59 Y66 N67
2023 163名△10% → S59 Y67 N68
2024 197名△21% → S61 Y67 N69
2025 145名▼26% → S59 Y67 N69
2026 163名△12% → S62 Y67 N??
毎日、エデュで繰り広げられる、不毛な中学受験界隈の無駄話。
参加者の素性など何も担保されてなどいない。参加していれば、ハタからは受験生保護者だと見られる、その勘違いが彼らの恍惚となり、ガソリンになっている可能性が高いとみる。
実社会で何かを成した人間は、終わった受験に安住などしない。
それは受験の価値を知らないからではない。寧ろ逆だ。中学受験とは、本来、通過点に過ぎないことを知っているからだ。
企業を動かす者も、研究を前に進める者も、資本を回す者も、結局は社会の現実に接続された場所で評価され続ける。昨日の受験や肩書きではなく、今日のアウトプットで測られる世界にいる。
だから、過去の偏差値表の亡霊を抱えて、匿名空間で鍔迫り合いを続ける必要がない。
エデュで起きているのは、中受論争のように見えて、実際には中受を取り巻くエリート一家の過去幻想の消費だ。
人は、自らの人生に輪郭を失うと、共同体の看板に寄りかかる。
国家でも、企業でも、大学でもよい。それがここでは「中受に関わっている」という幻想になっただけ。自分自身を語るより、看板を語る方が圧倒的に楽だからだ。
しかも匿名掲示板は、その欲望にとって極めて都合が良い。
本人確認はない。
年齢も知られない。
学位記も不要。
学生証も不要。
子がいるかなんて分かりもしない。
保護者のふりをしても、開成が圏内の優秀層保護者を演じても、誰も検証できない。
しかし奇妙なのは、その虚構空間の中ですら、人々が必死にヒエラルキーを作ろうとすることだ。
灘がどうの。
渋渋がどうの。
御三家がどうの。
サピ偏差値がどうの。
現実社会ではほとんど意味を持たなくなった微細な塵を、まるで中世神学の教義論争のように積み上げていく。
そして、その熱量だけは異様に高い。
おそらく彼らは、中受について語っているのではない。
失われた自己肯定感について語っている。
或いは、自分の人生が本当に正しかったのか、その確認作業を延々と続けている。
だから議論は終わらない。
相手を論破しても空白は埋まらないからだ。
本当に充実した人生は、匿名掲示板で証明する必要がない。
忙しい人間は、自分の現在に追われている。
投資先を見ている。
論文を書いている。
顧客と会っている。
新しい事業を考えている。
子どもと食卓を囲んでいる。
時間とは、その人間の現在地そのものだ。
その貴重な時間を、存在確認のための受験ロールプレイに費やし続ける空間に、私はどこか現代的な孤独を見る。
これは中受論争ではない。
情報化社会が生み出した、所属依存の残響だ。
そしておそらく、AI時代が進むほど、その空虚さはさらに露出していく。
中受関連ワードを暗唱するだけの人間より、自分の頭で考え、自分の言葉で世界を切り取れる人間の価値が、静かに上がっていくから。
人間よ、 もう止せ、こんな事は。
〜『ぼろぼろな駝鳥』高村光太郎
2月1日午前 四谷大塚2016年→2026年
共学校
渋渋65→67 +2
広尾55→65 +10
東農56→60 +4
三田国際40→60 +20
開智日本橋41→57 +16
男子校
麻布67→65 ▲2
駒東66→66
武蔵65→66 +1
早稲田65→66 +1
海城63→65 +2
芝60→59 ▲1
本郷58→61 +3
攻玉社56→57 +1
共学志向が顕著。男子校はこの10年間ほとんど変わらない中、共学校の偏差値上昇は顕著となっている。































