将来の選択肢が広がる学部合同説明会
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
肝心の「入学年度を公表すると何が起こるのか」は最後まで一切説明できませんでした。
しかも、東大卒、文系、約30年前卒業という情報は自分で公開しているのに、入学年度だけが急にリスクになる理屈も説明できていません。
知性とかもそうなんだけど、言ってる中身がまんま早慶たぶん慶應擁護のポジショントークだからな。
元々、中学受験で早慶附属と進学校どちらがいいかという話で、早慶附属がいいと力説するポジションに東大obですらこう主張してるというためのコテハンだから、そら信憑性ないよ。
東大卒でも早慶で十分だったと思う人はいるだろうし、特に文系ならそういう人もいるだろう。
だけど、考え方があまりにもサラリーマン的な発想に染まっていて、東大卒は早慶の2倍の給料出すべきとか、そんな稚拙なコメント、東大卒ならしないでしょ。
社会は実力主義なんだから学力があれば社会で評価されるわけではないくらいのことは50歳をすぎてわからないなんて信じられんレベル。
社会が求める能力と学力は違うんだよ。だから、学校は学力だけではなく社会が求める能力を選抜入試とすべきなんだよ。
エテュには学力信者や学歴信者が多すぎる。それは自分の学力や学歴が社会で正当な評価を受けていないと感じる東大文系OBくんやルサンチマンくんのような人のコメント。
こういう学力信者や学歴信者を生まないためにも大学入試は総合型選抜入試のように、学力に加えて、探究心に基づく主体的な学び、社会が求める能力を評価する体制にしていくべきだ。
そういう発想全てが私文的なのだけど、自分が私文だとあまりに私文的な発想が当たり前になり過ぎていて、自分が私文的だと言うことも分からなくなるという格好の素材。
資本主義社会、現代社会は高度に専門化されているので、「社会で必要な能力」なんてものはない。分化した先にさらに先、さらに先があるのが分からないのが、汎用的な営業しかできない私文。
リスキリングという言葉があるように、人は生涯学び続けるような人材、能力という非認知能力を培う教育が必要なんだよ。
それには好奇心、探究心に基づく主体的な学びが不可欠だ。社会が求める能力は、自分で問いや課題を見いだし、最善策を考え、課題解決に取り組むことを通じて新しい価値を創造する能力だ。
専門オタクでは社会に通用しないのは博士号取得者を民間企業が雇わないことでわかるでしょ。専門信者も学力信者も学歴信者もエテュで徘徊するけど、それと社会が求める能力は違うんだよ。
文部科学省の審議会である教授が、大学入試で求める能力と大学で学ぶ能力と社会が求める能力に違いがあり、それを統一して社会が求める能力を培うべきと主張していたが、そのとおりなんだよ。






























