入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
英語はAIで代替可能だから、学ぶ必要がないというなら、東大入試はすでにAIでほぼ満点とれるので、英語、国語、数学、理科、社会等の科目につき、答のある問題を解くことは不要と言いたいのかな。
それは違うでしょ。英語は国語と同じですでに前提条件として不可欠なんだよ。
ただ、AIでほぼ満点とれる東大入試を人間に競わせることは無駄だ。一定の学力があることを前提に、社会課題を見いだし、課題解決に取り組むことを通じて新しい価値を創造することを大学は評価し選抜すべきであるということ。
英語は国語と同様、すでに前提条件なんだよ。高等教育を受けたければ不可欠だ。そんなこともわからないのかな。
未来が予測不能だからといって子どもに助言すらせず子どもに任せれば子どもは良い将来に進むというのは幻想だ。
子どもが生きていくために必要な土台となるものは何かを考えるべき、
それは英語、国語、数学な等の学力なのか
常識や思いやり、コミュニケーション能力なのか
読書等で教養を身につけることなのか
大志を抱くことなのか
社会課題を見出すことなのか
先を見据える能力を培うことなのか
自分が社会で果たすべき使命とは何か考え、実行することなのか
自分の好奇心に基づく主体的な学びを身につけることなのか
自分のキャリアは自分で切り開くことなのか
等保護者は子どもと話をしていくことで子どもの考え方や価値観にきっかけや機会を与えることは決して無駄ではないだろう。
ちょっと数学的な演繹帰納が上手くできてないな。
例を挙げるなら、人間より強力な重機があるのに、筋力ある土木作業員が必要かと考えてみるといい。
定型的な地盤改良だとか、ブルドーザーやショベルカーにできる作業を筋力ある土木作業員がやる必要はない。これが英語。
しかし、より非定型で重機を入れられない現場。例えば被災地の救助みたいな作業だと、大きな重機が被災者を潰してしまったりするから、身体能力の高いレスキュー隊員が必要。したがって、消防隊員や自衛官には身体能力試験を課す。これが数学。
誰も英語を学ぶ必要がないとは言っていません。
そこはあなたが勝手に作ったストローマンです。
私が言っているのは、AIによって英語そのものの希少価値が急速に低下し、競争力の源泉ではなくなりつつあるということです。
そして最後には、社会課題を発見し、新しい価値を創造する能力を大学は評価すべきだと書いていますよね。
それ、私が一貫して言っていることです。
つまり、前半で架空の私を批判し、後半で私の主張に賛成している。
ご自身の文章をもう一度読み返した方がいいですよ。
これ以上言葉を尽くしても理解できる頭脳は無さそうなので終わりにしますね。
「社会的課題」とか「新しい価値」なんて、全て思い込みで、そう認知してるに過ぎないのに、その認知自体について考えたことのないキミらは幼稚過ぎて話にならない。
自分の認知の歪みに目を向けられず、記事にそう書いてあったとか言って、じゃあその記事と麻原彰晃やヒトラーと何が違うのか証明してみろと。






























