入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
東大は自ら東大生が課題発見能力、課題解決能力等が不足しているという課題があることをことを認めている。
しかも、東大はそもそもそも課題発見能力や課題解決能力等を有する人材を入試で選抜していなかった上、東大でそのような人材になるよう培い、育てず卒業させていたことを自ら認めている。
つまり、東大には大きな課題があることを自ら認めているにもかかわらず大きく改善してこなかったのは事実。
事実を指摘しているにもかかわらず、すべてルサンチマンとレッテル貼りしかできない人間の方が問題だよね。
好奇心に基づく主体的な学び、グローバル教育等が必要なのは、文部科学省の次期学習指導要領の議論の方向性、経団連の教育改革の方向性等、指摘するまでもなく、常識的に考えて、すでにAIで東大入試はほぼ満点とれるのに、その能力を人間に競わせて、それだけの能力を評価して選抜することが日本のトップ大学がすることではないのは明らかだよね。
電卓があるのに計算だけで選抜するのはおかしいと思わないか?
AIで東大入試の問題がほぼ満点とれるのに、それだけで選抜するのはおかしいと思わないか?
それを他責だ、ルサンチマンだとレッテル貼りしかできない人間の方が問題でしょ。
子どもたちにはそれぞれの才能や個性があったのに、一般選抜入試のような画一的な能力だけで選抜することはおかしいと常識的にも思わない方が理解できないね。
遅ればせながら国も東大も改革し始めている。それは良い兆しだ。
算数と数学の違いは具体的事象から離れた抽象思考の有無にあるのだが、抽象思考のできない人には「ルサンチマン」のような抽象概念は理解できない。単なるレッテルとしか思えないようだ。
1つ2つたくさんと言う数え方しかできない人にルサンチマンを説明しても、嫉妬に似てるけど、嫉妬も含む現実をあるがまま受け入れられない情念のことだよとぐらいにしか説明できない。
それでもその当人は探究心なんだ!学習意欲なんだ!と鼻の穴を膨らませている。なんでそれを主張するのがいけないんだ!と。
いや、別にいけないというかメタ認知しようよって言ってあげると、また、抽象概念を出してしまったw
レッテル貼りするな!って怒られるかな?
>語学習得は相性によるところが大きいと思います。
たしかに相性もありますが、相性の形成には親の影響が少なからずあるかもしれません。
あとですが、子どもによっては英語で数学や理科を学ぶことにより双方への理解がより一層深まったりすることもあります。
ヘリコプターペアレントはよくないですが、子どもがより有利な選択ができるよう陰からの一押しや見守りが重要だったりします。
おっしゃる通りです。親が環境を整え、選択肢を広げることには大きな意味があります。
ただ、それは「英語だから有利」という話ではなく、「子どもの適性を見極め、伸びる環境を与えること」が本質だと思います。
実際、英語で数学や理科を学ぶことで理解が深まる子もいれば、母語で深く考えたほうが能力を発揮する子もいます。認知特性には個人差がありますから、一つの教育法を万人に当てはめることはできません。
ですから、親の役割は英語教育を押し付けることではなく、子どもの反応を見ながら最適な学び方を一緒に探すことではないでしょうか。その意味では、私も「陰からの一押し」という表現には賛成です。
現実をあるがままに受け入れることは、塾講師にとって死活問題だからね。
多くの高校生優秀層がアングラにいったりすることで塾講師として商売あがったりになる懸念があるということは理解できるけど、それをルサンチマンだのとレッテル貼りすることしかできないことが問題だ。
AIで東大入試がほぼ満点とれる中で、それを人間に競わせることに意味を見出すことはできない。学力は当然一定低度必要。AIができない社会課題を見いだし解決する能力を通じで新しい価値を創造する人を選抜するべきだろう。
この考え方に共感している大学経営層が多いから東大をはじめ9割の国立大学で総合型選抜入試の枠を増やしているんだよ。






























