入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
ミス東大候補の中国人留学生が告発
留学生複数名によるいじめ
執拗で悪質
集団的ハラスメント
という記事で、
東大においていじめが告発されている。収賄ではないものの、国際卓越研究大学の審査で東大のガバナンスの無さが問題視されている中、またこういう話が浮上してきた。
ありていに言うと、何か問題があった時に、我慢しないで騒ぎ立て、解決策を模索する能力ってことだと思っています。
昭和生まれの日本人は我慢する教育、そして、我慢強い人材が必要だったんだけど、今は、我慢する(=課題が社会に認知されない)ことは美徳ではない。アメリカ人みたいに何でも文句言う人材こそが、課題を世の中に出すので役に立つ人材、というコペルニクス的展開が起こっているのだと思います。
「社会課題」「解決」「新しい価値」のような抽象概念を理解することはできない。
ただ、確かに受験勉強をすれば抽象概念を理解できるかというと、そこは安藤教授のいうように遺伝の問題で、壊れたレコーダーくんには100年経っても無理とも言える。
そもそもにおいて、人間にできてAIにできないことと言うのが概念的にありうるかというと、ない。「できる」とか「できない」と言うことを定義する必要がまずあるのだが、人間にできることはこういうことだと定義できたならば、それをコンピューターにエミュレートするようにアルゴリズムを組めばいいだけなので、理論上、およそ明確に定義できるもので、原理的にコンピューターにできないものは存在しない。
つまり、AIが模倣できることをもって、人間を試験や学習させる必要ないと結論づけるならば、およそ試験や学習は必要ないと言うのが論理的帰結である。
もうこういう抽象概念の議論になると、壊れたレコーダーくんにはつらくなってくることは分かるんだが、彼以外の読者のために少し続けよう。
日本の教育は優秀なサラリーマンを量産するためにつくられた教育制度だからね。
答のある問題を早く正確に解く訓練を施して、マニュアル人間、指示待ち人間を量産する。間違いたら駄目、失敗は許されない。そういう価値観を植え付けられて育つ。
日本の場合、兵隊たるサラリーマンは確かに世界屈指の優秀な人材を量産した。しかし将軍や下士官たる経営層や管理職になる人材、東大等の日本のリーダーになる人材も同じ兵隊をつくる教育制度で学んだため、日本は衰退してしまったということ。
これからは、自分で社会課題を見いだし、その課題を解決することで新しい価値を創造する人材が求められる。好奇心に基づく主体的な学びで個性をのばす。
今までのような欧米に追いつけ追い越せの教育ではなく、世界をリードする教育が不可欠では。
今までのサラリーマンになるための教育を受けたいなら伝統校や東大の旧学部などに入れればいい。起業家などになりたいなら新しい教育を受ければいい。
一定の学力は必要だし、前提だと何度も言っている。
問題は答のある問題を早く正確に解く
だけ
で選抜する一般選抜入試が問題だと何度も言わせるな。
学力が不要なのではない。前提条件として必要だ、と言っている。学力が不要などとは言っていない。
現状においては、AIはまだ発展段階なので、道具としては優れていても、自動運転同様に全てを任せることはできないとされている。
つまり、自動運転同様に使ってもいいが、責任は人間が取ってねと言う状況が続くであろう。(将来的には自然人と法人のようにAIの法的責任を引き受ける法人格が定められたりする可能性もあるが)
である以上、AIが東大入試を解けるから人間は全く分からなくていいかと言うとそうはならずに、AIにやらせた作業を監督できる程度の能力は誰かはないと責任取れない。
まあ英語と日本語の通訳のようにかなり機械的にやれる作業はAIも誤らないのだが、要約やさらに抽象概念と言う東大入試で試されるレベルになると、AIも誤りうる。そして、何よりも「主体性」とか「やる気」とか「探究心」なんて気合で勝負できない地頭要素が増えてくる。
現に壊れたレコーダーくんを見ていれば分かるが、同じ単語や文をひたすら繰り返すフェーズでは生き生きしているが、少し抽象概念を頭を使って話すフェーズになると、息絶え絶えで殻に閉じ籠もり、ひたすら主体的な学びなんだ、とか探究だ、海外大だ、とマントラを繰り返すようになる。
結局、地頭か反復演習かと言う受験に常につきまとう議論として、壊れたレコーダーくんは反復演習はできても、初見の応用問題には歯が立たない。






























