在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
強気に出て失敗した例
よく「第一志望は80パーセントの確率の学校・・なんてそんな弱気じゃだめ」だの
「目標は高く持つこと。でないと本人のモチベーションが下がる一方。」「目標の学校以外は進学しない。くらいの意思をもたないとだめ。塾の先生に第一志望考え直すように言われても本人の意思を貫き通しその強い意志と頑張りで合格しました。諦めなくて良かった」といったプラス思考で結果成功したという書き込みの多いことに毎年この時期気が付きます。
この時期にマイナススレはいけないとは思うのですが反対にその強気が災い失敗することってありますよね。。。その場合子供は第二志望以下の学校に進学することなりますが、スムーズに現実を受け止められるのでしょうか。
私はどちらかといえば「強気」ではありません。併願校を含め自分の偏差値−10くらいまでかんがえているのでおさらく全落ちは無いと思ってますが「強気思考」の友人からは「そんな安全策を子供に伝えると絶対にだめ・・・第一志望以外は考えさせない」と言っています。
その洗脳をそのまま受けた子供は親と全く同じ考えで今の時点でまだまだ合格点の出ていない過去問を夜中まで掛かったやっているとのこと。
こういう子が中学入試に向いてるんだとつくづく思っています。
確かにすごいと感じますしその「意志の強さ」で成功することもあるでしょう。
でももしものとき一体この親子はどうなるのだろう。
実際そんな場合の「その後」を見てきた方いらっしゃいますか。
チャレンジ派 さんへ:
-------------------------------------------------------
> うちは強気派なので、強気の人の考え方やバックグランドは容易に想像できるのですが、
> そうではない慎重な方って、ご自身(親御さん)は、一体どういう経験をしてこられた方が
> 多いのでしょうか?
> 例えば、受験に失敗して人生を狂わせてしまったとか、
> 受験も就職も常にチャレンジ回避で安全策だけをとってこられたとか。
> 単純な疑問です。
私はどちらかと言えば、リスクをとってもチャレンジする方だが、
チャレンジは無謀とは違う。チャレンジとは、高い目標に向かって
激しく努力、準備を行い、その上で勝機が見えたと思ったら、
チャンスを見逃さず、そのチャンスをもぎ取ることである。
努力も準備も足らず、成功する確率も絶望的なほど低く、ただ天に運を
任せて、受かればもっけものぐらいの気持ちで受験するなら、これは
単に無謀である。こういった気持ちは失うものが何もないと
感じる親御さんたちの多いと思われるが、受験に失敗したとき
失うものも実は多いのである。それを後で自分の子供の顔に発見したとき、
失ったものの大きさを初めて知るとならないように慎重派の
人達は心配しているのではないかな。
ただ以上のことを重々了解した上で、それでも強気で行きたいなら、
それも一つのやり方である。その経験を通して、親御さんより子供さんに
得るものがあれば、それも貴重な経験かも知れない。
私は慎重派に同感するが、やはりそれは自分の子供の受験を通して
かわいそうな子供たちを沢山見てきたからである。自分の子が受かり、
他人の子供が落ちるのを見るのは正直忍びない。
絶対合格圏内と思っていたにも係わらず、不合格の子がいます。
また、絶対不合格であろうと思っていた子が、合格という結果も・・。
どちらも稀な話のようで、稀ではなかったりするから恐ろしいです。
みなさんにとって、悔いのない受験になりますように!
チャレンジ派さんへ
やっとお話のわかっていただけそうなチャレンジ派さんが出てこられましたね。
自分で100%決断して、自分で100%責任をとるのなら、
チャレンジも決して悪くない、というか、チャレンジすべきでしょう。
そうしないと、自分の可能性は広がっていきません。
私も、自分自身については、完全なチャレンジ派です。
やるかやめるか迷ったら、必ずやる方です。
だけど、中学受験は、そうはいきません。
まず受験する主体が、必ずしも精神的に成熟していない、人生経験の浅い子供ということ。
チャレンジ受験で、悪い結果が出たときのことを考えていない。
簡単に言うと、落ちないとわからないんです。
もう一つは、子供が素直で、親や塾の強いコントロール下にあること。
親や塾が子供にチャレンジだとけしかけると、子供はその言うことを聞いてしまいます。
その結果、合格するはずの学校を受験していたら得られるはずの、
合格の喜びを失ってしまいます。
私も「チャレンジは無謀と違う」さんと同じく、
落ちてがっくりして中々立ち直れない子供とか、第三志望以下の学校しか憂からず、
「今の学校が良いんだ、子供が落ちた学校はとても悪い噂を聞くよ」とか、
無理やり自分の気持ちを納得させようと痛々しい言い訳をする親御さんとかを
見てきましたから、そうならないように、第一志望から身の丈にあった受験をして、
合格の喜びを子供に上げた方が良いのではないのでは、と思ったわけです。
後、塾の商売のために、難関校をチャレンジさせる傾向に腹が立っていることも
チャレンジを嫌う理由です。
> 簡単に言うと、落ちないとわからないんです。
おっしゃるとおりです。
うちはチャレンジではなかったけれど、しなければいい貴重な
経験をさせて頂きました。
子供はかなり逞しくなりました。
挑戦していくことを恐れてはいません。
なんだかんだ言っても中学受験は一度きりです。
春には中学生になっています。
悔いなく、前に向って下さい。
言っても仕方ないですが、なぜそう自分の都合のよいように曲解されるかなあ・・・
「落ちないとわからない」というのは、
「落ちたときのショックや、将来への悪影響を親子が過小評価している」ということです。
受験生も、春には中学生になっていますが、
何年も塾に通って一生懸命やった結果がこれか、という
暗い中学生になってもらいたくないということです。
そのためにも無謀なチャレンジは避けてほしいですね。
チャレンジ校の合格だけが明るくなる材料という、とても確率の低い賭けに
挑まれるならそれは自由ですが。
合格をいただける学校もあれば、不合格になる学校もあるのでは?
賢明で身の丈にあった受験ってどういうのをいうのでしょうか?
受けた学校全てに合格するような受験ですか?
チャレンジ受験は、その言葉に「チャレンジ」とつくように
受かる可能性の低い受験であることを、充分認識して挑めば
いいのではないでしょうか。とは言っても子供はそううまく
気持の切り替えはできないでしょうけど、親は冷静にそういう
姿勢で、そしていざという時のフォローの準備を万全に整えて、
臨めればと思います。あとは子供にあった通いたいと思える
有望校なり適性校をみつけておいて、子供を送り出してやれば
いいのではないですか?
第1志望のチャレンジ校と第2志望の有望校の受験日が
重なっているのなら悩むところだとは思いますが。
本当に無謀な受験と言うのは、全落ちしてしまうような
受験をいうのではないでしょうか。
第1志望のチャレンジ校には縁がなく、第2志望校に通学することに
なったけど、それでもチャレンジしてよかった。あのチャレンジが
なければ第2志望校にも受かっていなかっただろうというような
お話をよく耳にします。チャレンジするということは、結局そこに
達することはできなくても、本人の力を予想以上に引き伸ばすことが
できるのではないでしょうか。
勿論口だけで何の努力もしないのなら。そうはならないでしょうけど。
もし、「不合格」というものを12歳の子供に経験させたくない
というのなら、それは精神的過保護なのではないでしょうか。
ただし全落ちだけは絶対に避けるべきだと思いますが。
チャレンジでいい経験になったなんて言っているのは今だけですよ。
終わった後には、そんな強気な発言はできないと思います。
それでも中にはいい経験になったと言う親もいるでしょう。
(子どもがそう思っているかどうかは別ですが)
でも、落ちることがいい経験になるなんてことが、そんなにあるでしょうか。
それとも、自分の大学受験の経験などから、落ちたことがいい経験になった人がいるのでしょうか。実は、あんまりいないですよね。
落ちることに対して、軽く考えないで望むことです。
落ちるのは自分ではない。子どもだからですよ。
親は結局死ぬまで、その時の子どもの気持ちはわかりません。
自分が経験したことだけしか、本当にはわからないのです。
今、ちょっとでもいい偏差値の学校に入ることが本当に最善なのか。
それは誰がそう思っているのか。
よく考えて、これからの受験校と押さえ校を選んでください。




































