女子美の中高大連携授業
慶応がもったいないワケ
合格された家庭で必ず経験されたと思いますが、必ず「もったいない」と誰からも、言われてしまいます。そのためか、ほとんどのご家庭は脱落して、入学者偏差値は中堅校の上位程度になっています。これって、結局無駄ですよね。
どのようにもったいないのか、それでも受験する意味はあるのか、教えていただけませんか。
マンモスが生きていた時代くらい大昔の話をもちだしたり、
宗教の話が出てきたり、
こういうエサ(スレ)に引っかかる奴って本当に馬鹿だな。
お前ら人間レベル低すぎ!!!
わははははははははははははははははは
他意があっての質問ではありません。
他にあのような駅を存じませんし、信濃町駅周辺を散策したことがなかったので驚いたのです。
ご迷惑を掛けるようなスレが荒れるような質問でもないように思っています。
お答えくださった方々、ありがとうございました。
1000のレスを読んでいると、外人を暴行撮影(余罪400)し最後はバラバラにした織原も慶應幼稚舎→法学部だったのを思い出しました。
慶應卒はおとなしいけれど、世間での評判との間でストレスが溜まっていそうで、なんかFree Hardcoreみたいなのへ投稿するマニアが多そう。
オドロオドロしい話結構思い出す。
↓この人の気持ち悪い空笑い見たらよけい思い出した。
>マンモスが生きていた時代くらい大昔の話をもちだしたり、
宗教の話が出てきたり、
こういうエサ(スレ)に引っかかる奴って本当に馬鹿だな。
お前ら人間レベル低すぎ!!!
わははははははははははははははははは
再び最初の話題に戻り「もったいないか」という点について言えば、やっぱり「もったいない」でしょうね。現在の中学入試における慶應の偏差値を考えると、そこに受かるくらいの地頭がありながら附属に行くというのは、東大を狙う云々以前の問題として、その時点で知力の成長を妨げる選択をしているわけですから・・・。私自身は地方の公立高校→一橋を経て、現在大手金融機関で働いてます。会社の中に慶應は掃いて捨てるほど(失礼!)いますが、明らかに中学・高校上がりの方たちは、英語力で劣り、また数学的(算数?)カンも鈍いと思います。特に英語力については当人たちも認めていることです。決して受験戦争を礼賛しているわけではないですよ。でも、中学・高校の6年間、ある意味で自分の将来を賭する覚悟で勉強に励む人とそうでない人では、当然大きな力の差が出来てしまうわけです。普通部や塾高でどんな授業がなされているのかは知りませんが、ほっといても大学に行けるという状況の中で、自らを厳しく律することができる人は稀でしょう。進学校に行って結果的に東大に行けなくて慶應でもいいと思うのです。重要なのはそのプロセス。確かに慶應大学は幾多の優秀な人材を輩出し、実業界にその名を轟かせています。しかしながら、特に日本経済の中枢を占める大企業で活躍する慶應出身者の大半は大学からの入学者なのですよ。特に現在大企業の社長クラスにある慶應出身者の方々は、時代背景からして東大落ち組がかなりの比率ではないかと推測されます。東大に行くために一生懸命勉強して、結果的に夢叶わず、それでもそのコンプレックスをばねにして社会で成功された方々が周りにもたくさんいます。
実業界に入ってから学閥の恩恵に預かれるというのも幻想ですね。少なくとも一流企業のサラリーマンになる限りにおいては・・・。前述のように、偉くなっている人たちの主流は附属出身者以外な訳ですから、附属出身というくくりでの学閥が意味を持たないことは明らか。そもそも、経営者になるようなまともな人が、今時学閥を人事評価の軸に据えているなんてあり得ないはなしですね。でも中小企業オーナーの世界のことは私も知りませんので、もしかしたら附属の恩恵ってあるのかもしれませんね。大企業や外資系はそんな甘いもんじゃあないですね。
誤解の無いように言っておきますが、慶應大は素晴らしい大学だと思います(敬愛する義父、義弟、尊敬する上司、先輩など周りは慶應だらけ)。あくまでも(慶應に限らず)附属という教育システムのことについて話しています。中学入学時点で慶應のブランドを手に入れても、結果的に大手企業に入ってしまえば、東大、早慶、一橋は言わば標準学歴で何のアドバンテージもないんですよ。そこから勝ち抜ける知力・胆力を若いうちに養わせることが一番重要なことだと思いますが・・。「何が何でも慶應、何がなんでも普通部・中等部」と堅く信じて疑わない人の価値観を云々する気はありませんが、「どうしようか迷う」という人はその時点で辞めるべき選択肢でしょう。




































