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東大入学式での祝辞

【5396373】
スレッド作成者: やす (ID:V32BiWZfTww)
2019年 04月 13日 10:42

「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190412-00010000-bfj-soci&p=2

【5397132】 投稿者: 論点が違う   (ID:RDLcUOAg0Y.)
投稿日時:2019年 04月 13日 22:33

上野始め、フェミニストを含む左の人々は、人間の運命や幸不幸を外的な環境や社会の責任と考えるところに特徴があるわけ。だから、上野にかかると、短大や専業主婦は本人の選択ではなくて、親や社会の圧力で短大に行か「された」となるわけ。
売春婦も専業主婦も、そこには、本人の意思や主体的な選択というのは一切介在しておらず、ぜーんぶ、社会の「せい」。自ら好きでお嫁さんになった人は全くいなくて、全員が被害者ってわけ。
まあ、まともな大人ならば、灘から東大に入った新入生が乳母日傘で、理IIIに合格したわけなんかなく、そこには、色んな苦労や葛藤があって乗り越えてきたことも知ってるし、その苦労が嫌で短大行った女子高生がわんさかいることも知ってるんだけど、上野はその過程には耳を貸さず、全部恵まれた環境、恵まれない環境によるものだと言いたいわけ。

【5397147】 投稿者: 匿名   (ID:ApDSowDYd4.)
投稿日時:2019年 04月 13日 22:42

あなたがわかってない、東大女子に耳を傾けてごらん。

【5397223】 投稿者: 女の敵は女   (ID:ut2wn9KahMc)
投稿日時:2019年 04月 13日 23:47

環境が大きいです
本人の意思にも、今まで成長の環境の影響があります

【5397264】 投稿者: 性差   (ID:HFJuoCUIeI.)
投稿日時:2019年 04月 14日 00:10

OECDのピサ調査(2000)では、世界の15歳の学力平均は、総合では若干女子が上、科目別では、算数は男子、国語は女子が上です。ただ本当にどれも統計的には有意ですが、たいした差ではありません。
最近はピサ調査をチェックしてないので、情報が古くて申し訳ありませんが、そう変化はないと思います。

外国では、女性が活躍してますね。
きっと日本は親の教育への力のいれ具合が違う家庭が中にはあるのですよ。かつてのうちの両親のように。

【5397269】 投稿者: 女子が不利なのは事実   (ID:gulA.wxY9YY)
投稿日時:2019年 04月 14日 00:20

地方によっては女子の四大進学率が明らかに低いところがあるし、
優秀でも自宅から通える大学しか行かせてもらえないとかあるあるだよね。
男も東大女子は敬遠しがちだし。
まだまだ、女性のほうが生きづらいよね。
あえて男に頼る楽な生き方をする人がいるのも確かだけど、
そういう考え方になるのも環境だと思うよ。

【5397271】 投稿者: 言ってはいけない事になっていますが   (ID:uIiKwIbieeY)
投稿日時:2019年 04月 14日 00:20

太古の昔から、平等ナンテものはないのです。

【5397335】 投稿者: 元ギャル   (ID:hVXdCO/tGq.)
投稿日時:2019年 04月 14日 02:10

ずっと社会の一線で働いてきた女なら、上野先生の言っていることは、しみじみわかる。家庭でもそうだけど、一歩社会へ出たならばさらに、そこは全く男女平等には程遠い。いまだに。

女だからと得をできるのは、ほんの一部の恵まれた人が、「男の都合で」ほんの一瞬、得をしているように見えるのが実際のところでは。

女子学生には激励。
男子学生には激励と戒め半々?(笑)

キャラだか地だか知らないけど、あのおばさんがキーキー頑張ってくれたおかげで、私たちや娘世代が生きやすくなった部分は確かにあると思う。

【5397360】 投稿者: 自分自身を振り返ると   (ID:6AOpEruxBAM)
投稿日時:2019年 04月 14日 05:32

同じ女性側からしてみても
女性であることのメリット(?)に乗っかってきているとは思う。
結婚して守ってもらう立場を選びつつ、
自分がやりたいことのできる仕事を選び、
子どものお受験もしてきた。
(フルタイム正社員、受験終了子ども大学生)
だから、自分自身でもあまりこのジェンダー問題って触れたくないなぁ、って感じます。
権利ばかり主張して、では男性並みの義務(?)のようなものを果たしているか?と言えば、「役割が違う」と言う名の元にそこそこの義務で済んできた様に思っているからです。

今回の祝辞は、
「多様化が進む世の中で、恵まれた環境の下で最大の選択ができ、競争に勝ち抜けた人々に対して、自分たちのその能力を今後の人生において、また自分が勝ち抜くための能力だけに使わないでください」
が一番大切なことと捉えました。

東大生が変われば日本ももっともっと良くなるし、それについていく大学群もあるかと思う。(あれ?これも東大差別かな?)
東大女子が一番自分たちの能力を他に還元していないと思う。それを環境のせいにするのか、それとも利己的防衛だと思うのか?
私は東大女子ではないし、最大限利己的防衛をしてきたという自負があるので、どの口が言うかと言った感じですが。

これこそ、多くの若者に「答えなき問題」提起をした祝辞だったのではないの?
私自身も自分ができる範囲で社会貢献していこうとは思います。

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