女子美の中高大連携授業
中田敦彦 「わが子の力を信じるからお受験しない」
中田敦彦さんという慶應義塾大学経済学部卒業を卒業されたタレントさんが、「わが子の力を信じるからお受験しない」と発言されました。中学受験もする予定はないそうです。
詳細は記事をご覧戴いたほうが正確かと思いますが、
エスカレーター式の私立校に早いうちから入れておけば、順調に進んで「私大卒」の学歴は約束されるのかもしれません。それを放棄するわけだから、お受験しないことを“リスク”と捉えることはできます。
一方で、与えてしまうことで、失うものもありますよね。
早期教育でお受験をさせてしまうと、反対のメッセージを発する可能性もあるのかもしれません。子どもが後々、「あなたが自分で学歴を獲得していくとは思えない。だから、レールを敷いた」と受け取りかねないですよね。
人生の初期段階で私立の学校に入れるかは、親の財力次第という面もあります。そういう限定的な立場の人達の集団に最初から入ることで、見えなくなることは確実にあります。学校を出ればいろんな立場の人がいてそれが社会であり面白さなのに、その前段階で限られた人間しかいないフィールドで育つことは、リスクでもあると思います。
「魚を与えるな、魚の取り方を教えろ」というのが、子育てで大事にしている考え方です。
等と発言なさっています。
わが子の力を信じる。という事も大切なことだと思います。皆様のご意見はいかがでしょうか?
皆さまいかがお考えでしょうか?
受けないというだけで、小学受験や中学受験しないという話ではない。
俺の通ってきたルートがすごいというここで暴れている人たちと同じ話。
全く本質をとらえていない上辺だけの話。
いわゆる意識の高いだけの話。
もう終了でいいのでは。
原文読みました。
あっちゃんの経歴(人生)から言ったら納得できること言ってると思います。
学付中→学付高→芸能人、って常に競争の歴史でしょう。特に後になればなるほど競争は増してると言える。
その経歴の中で決して完全な勝者ではないが敗者でもない。自分の人生を肯定した時に出る結論のひとつだと思います。
まぁ、人によっては全く逆の結論が出る人もいるけど。
原文では国立は決して除外してないのがポイントです。
親がレールを敷かないって言い切ってるけど、小中学校受験しないことに決めたって、これもレールを敷いてるんじゃないの。
親の意見だけで子供の意志は無視してる時点で同じだと思う。
幼い時からコミュニケーションを取り、子供の意見も聞いてやりながら、どうしたら子供に合った道へ進めるかをフォローしてやるべきじゃないのかな。
子供が中学受験を望んでも反対するの?
自分達が学歴に関してナルシスト発言して叩かれてるから、それを払拭するためのパフォーマンスに過ぎない感じ。
子供のためとは言いつつ、親の勝手な言い分だけで、子供の立場になって考えてないよね。
本当に子供を思うなら、その都度立ち止まって子供と向き合って考えるべきことだよ。
「パーフェクト・ヒューマン」がナルだと書いていた方がいらっしゃいましたね。おもしろいです。
元々、チャラ男ブレイクの時代のオリ・ラジのネタが「キミかわウィーね」と「あっちゃんカッコいい」のパターンでした。
その後、チャラ男ネタは一段落してやらなくなりましたが、あっちゃんネタは続いていたと思います。
あっちゃんネタというのは、「勘違い男」ネタなんですよ。
落語っぽい設定で、自分がカッコいいと勘違いした男と、それを不必要に盛り上げるタイコ持ち(チャラ男)。
つまり、お客さんに、「ナルシスト」であるあっちゃんを笑ってもらうネタということです。
その延長線上にある”きもいナル”を演じている「パーフェクト・ヒューマン」が「ナルでイヤ」と評価されるのは、おもしろいなと思いました。
オリ・ラジも「パーフェクト・ヒューマン」だけが抜き出されると微妙だと思っている発言がよくありますが、それはそれとして、世の中に注目されるならどんな形でも構わないと割り切ってもいると思います。
小学校、中学校受験については、国立の含みを残したと考えることもできますが、要するに「子供次第」ということなのでは?
幼児教育、早期教育をやらせていると、子供の能力はかなりクリアに見えてきます。
子供に教え込むという観点で見る方も多いようですが、実際には「子供の能力を引き出す」のです。最初からないものを引き出すことは出来ません。
子供の能力がかなり引き出せた、あるいは引き出せそうだ、ということになると、「わが子の力を信じるからお受験しない」でもいいと思います。




































