在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
どこまでなら私立中学行かせますか
抑えは持ち偏差値の10下といいますが、そのレベルの中学にわざわざ行かせる意味はあるでしょうか?
具体的にはS50後半で遠隔の千葉埼玉や午後受験校を受けさせる意味があるかどうか。
普通に考えて、S40台より高校受験で都立の二番手(もちろん日比谷西に越したことないが)青山、駒場ぐらい行った方がいいように思います。
どういう進路になろうともサピックスに通ってる以上それなりにコストはかかる(アルファベットもαも大差ないくらいかかるので、議論は不要)。
で、大学を1つのゴールと考えるなら、単に東大目指す(文系含む)のか、附属でも医学部や薬学部もある慶應までしか妥協できないのか、他大でもいいのかなどをふまえると選択は変わる。また、中学高校の6年間、人脈勉強部活社会経験をどうバランスさせるかでも変わる。
単に東大目指すだけなら進学校。人脈を気にするなら名門進学校。気にしないならぶっちゃけ公立で高校受験でも公立でいい。
よく東大進学率を気にしてるが、どこに行っても、現役東大目指すなら勉強に妥協はできない6年間になるのは自明。
①コストを投下しても多くの人がベネフィット
即ち市場価値を回収できない経済をバブル経済という。
②教科書から引用すると、
教育などのサービスは、その便益がサービスの受け手本人
だけにとどまらず、社会全般や地域にも横溢すると考えられ、
つまり正の外部性をもつことからメリット財と呼ばれる。
そのため供給の費用の一部あるいは全部が社会的に負担される。
教育の市場が、政府、企業、民間非営利組織などが混在する
混合的市場となっているのも、そのサービスがメリット財
としての性質をもつためである。
市場経済の必然は必ずしも実現しない。
「はは」さんが展開したように、個々人の価値観に
基づき様々な選択肢を選び取ろうとする。その結果
得られる満足をベネフィットと称するのだが、それは
必ずしも市場評価のテーマではない。
毎年サピックスから1,000人以上が御三家または御三家同レベルの学校に進学しています。もちろん、全体の半分以下ですが、1,000人以上(たぶんもっと多い)というのも一方の事実です。
割りに合わない、と思えば、やめればいいだけ。他人の家庭に口を挟むのは、余計なお世話でしょう。
チューリップの球根に価格に見合った価値があるか否かは別にして、価値がなかったら値はつかないでしょと言ってる。
一般論として、より難関に入学することがより大学受験に有利という傾向があるから、より難関中学に入ろうとするのだよ。競争が過剰かどうかはバブルの理論だろうが。
投資の失敗とは企業の投資についてしばしば耳にする
ことで場合により倒産ということもある。
投資はそれに見合う収益(ベネフィット)が得られる
からやるものでそれが市場経済の必然だなどと馬鹿な
ことを言う人もいるが、主観的にはそうであっても結果
として失敗することは日常茶飯事だ。
教育「投資」についてはどうだろうか。仮に御三家又は
それに準ずる学校へ進むことが成功(収益)とすれば
それに及ばないケースは投資の失敗ということになる。
だが教育「投資」の成功・失敗はそんなに単純なもので
はない。偏差値40以下の学校に進んだとしてもサピックス
へ投下したコストを失敗と考えない家庭も多いだろう。
教育「投資」は教育「消費」の性格も有するので
「割に合わない」などと考えない家庭も多いのだ。
サピックスへの支払額をどうみるか考えましょう。
仮にサピックスの受講をピアノや水泳の習い事と
同様のものとみる家庭では「消費」としての性格
が強いわけだ。他方、サピックスの受講を難関中学
への入学=難関大学への入学のための支出とみる
家庭では一種の「投資」としての性格が強いこと
になる。
投資であれ消費であれ需要があるところに価格(市場価値)
が生まれサピックスのような企業体が繁栄する。
そこまではよいが、この先は「どうでもよいが」さんの
投稿をご覧になってください。




































