在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
昔の四谷大塚
数年前、子供を入塾させるときに、一番心配だったのが、「入れるかどうか?」でした。
なぜなら、私が子供の頃、四谷大塚には入塾テストがあって、成績が足りないと入れなかったと記憶していたからです。
そのため、四谷に入るための孫塾があり、そこでまず四谷に入るための勉強をする(人もいる)と聞きました。
現在では、入塾テストはクラス分けのためであり、断られることは無いですよね。いつごろから、全員入れるようになったのか・・・?
自分が子供だったので、もしかしたら全くの勘違いかもしれません。昔も全員入れたのかもしれません。
でもずっと気になっていて、もしかしたらエデュをご覧の方の中には御存知の方がいらっしゃるかもしれないと思い、スレッドをたてさせていただきました。
それを調べてどうする?といわれると、う~ん・・・
自分の記憶が間違っていたかどうか知りたいのです。子供が塾に行くようになって(近所に四谷大塚がなかったので他塾ですが)、自分のときと色々違うな~~と思うことが多いので。授業は今のほうが昔より親身で解かりやすいと思います。先生も優しいし。(模試で四谷の先生に解説していただいたことが数回あります)なんか、昔は、もっと厳しかった気がします。
・・・子供だったからそう感じただけかも知れません。
現在、48歳です。
わが子を通わせる時期が来て初めて中学受験塾の実態を知りました。
ここでの皆さんの話を読み、40年近く前に自分と同じ年代の方々も、
そんな風にクラス分けされ、校舎を移動し、はたまた自分の校舎
まで長時間かけて通っていたのですね~、とひとしきり驚きながら
読んでいます。
皆さん、そんな風に親御さんが情報集めされて、お金かけてもらえて、
本当にお幸せでしたね。
当時小学生として受験にもまれていたお子さん達は、当たり前の生活
と思われていたのかもしれないけれど、そんな小学生
がいる事すら知らなかった私にとっては、それはすごく恵まれていた
生活だったと思います。
珍しいタイプのスレですが、とても楽しませていただきました。
私も同年代です。裕福ではありませんでしたが、当時の「四谷大塚進学教室」に通わせてもらい、世田谷区にある中高一貫校に入学しました。大学も周囲と同じところに行きました。
幸せだったかどうかは別として、いまは亡き両親の敷いたレールの上を歩かされただけかもしれないと思うことがあります。
ただ、中学受験は、その後の大学受験や国家試験などより、ずっと強い印象が自分の中に残っているのは確かですね。
私が通っていたのは30年前です。
のんびりとした地区に住んでおり、普通の補習塾に行っていました。
ある日その補習塾に、四谷に通っていらっしゃるお嬢さんが予習シリーズの面倒を見てほしいと入塾してきてはじめてその存在を知りました。
当時まあまあ成績が良かったので、母がすっかり乗り気に。
入室テストを受験したら合格、結局通う羽目に(笑)なり、2年後文京区の女子中に合格しました。
今私の子どもは一人終了一人通塾中です。
中学受験なら四谷とは思っていたのですが、当時とは様子がだいぶ変わってしまって…
行かせているのは他塾ですが、やはり四谷には格別の思いがあります。
ちなみに母は今も健在、どちらかというと放任・お気楽な私に比べ、相変わらずの教育ババ、子どもはおばあちゃんに会うたびにはっぱをかけられています。
風だ光だ明るい窓だ
集う笑顔の学び舎だ
私たちは僕たちは
仲良く集い楽しく学ぶ
ああ四谷大塚進学教室
何処か間違っているかもしれませんが、大体こんな感じ。
ソノシート、貰いましたよね。
正直、節回しが当時でも古くさいな~と思いましたが(笑)




































