在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
昔の四谷大塚
数年前、子供を入塾させるときに、一番心配だったのが、「入れるかどうか?」でした。
なぜなら、私が子供の頃、四谷大塚には入塾テストがあって、成績が足りないと入れなかったと記憶していたからです。
そのため、四谷に入るための孫塾があり、そこでまず四谷に入るための勉強をする(人もいる)と聞きました。
現在では、入塾テストはクラス分けのためであり、断られることは無いですよね。いつごろから、全員入れるようになったのか・・・?
自分が子供だったので、もしかしたら全くの勘違いかもしれません。昔も全員入れたのかもしれません。
でもずっと気になっていて、もしかしたらエデュをご覧の方の中には御存知の方がいらっしゃるかもしれないと思い、スレッドをたてさせていただきました。
それを調べてどうする?といわれると、う~ん・・・
自分の記憶が間違っていたかどうか知りたいのです。子供が塾に行くようになって(近所に四谷大塚がなかったので他塾ですが)、自分のときと色々違うな~~と思うことが多いので。授業は今のほうが昔より親身で解かりやすいと思います。先生も優しいし。(模試で四谷の先生に解説していただいたことが数回あります)なんか、昔は、もっと厳しかった気がします。
・・・子供だったからそう感じただけかも知れません。
最後までお茶5組止まりでしたが御三家に進みました。ニコライ堂、幽霊坂、懐かしいです。
東武会場という、池袋のカルチャーセンターに算数と理科だけ予習教室に通いました。予習教室の日に買ってもらえる、はちみつレモンの缶ジュースが嬉しかったなぁ。
算数の菊野先生、理科の目崎先生、素晴らしい先生方でした。
夏期講習の理科実験で魚の解剖があり、エラを切り取る作業をしたことがトラウマとなり、切り身でない丸ごとの魚が今も苦手です(笑)
娘はサピに通っていますが、私の四谷愛は消えていないことに、このスレで気付きました。
上の方に共通点が多く、思わず書き込みます。
自学自習形式が気に入り、娘も通わせています。あーぁよつやーの歌を今でも思わず口ずさんじゃうくらいのファンです。
夏期講習の理科実験、前日まで子供の前で泳がせていたフナの解剖でしたよね…。私はジャンケンに負けたけどメスを入れられず逃げ出したほど重症でした。
約30年前、郊外から通っていました。
運良く(?)選抜試験には通ったものの、通学可能な私学も限られ、
レベル的にも及ばす、結局公立中学に進学しました。
当時は惨めで自分が嫌になることもありましたが、、塾自体は楽しかったです。授業や理科実験、電車に乗るのも結構楽しかった。
校舎のあった街からも、周りの子の様子から「都会的な雰囲気」を感じたのも
この時期です。自分の普段置かれていた環境とは違うなと憧れたものです。
中学受験こそ×でしたが、その後も勉強すれば彼らに一歩でも近付けると
いう思いを抱き、高校・大学受験と、少しずつ母集団のレベルの高い学校に
進むことができました。
子供も、いくつかの塾を検討した末、四谷大塚に通いました。
何せ親に成功体験がないのがトラウマでしたので、
合格を頂いた時は呪縛から逃れられたようで心底ホッとしました。
それにしても、親世代の頃とは体制が変わりましたね。
クラスも当時より少人数で、先生方も名前を覚えてくれ
面談や過去問添削・・・本当に手厚いです。
逆にそこまでしないと中学受験に対応できない時代になったと
いうことかもしれませんが。
国立大附属の通学制限も軒並み緩くなっていますし、私学自体も増えた。
それなのに少子化で中学受験が楽になったかと言えば、
そうとも言い切れないようですね。
>クラスも当時より少人数で、先生方も名前を覚えてくれ
>面談や過去問添削・・・本当に手厚いです。
> 逆にそこまでしないと中学受験に対応できない時代になったと
> いうことかもしれませんが。
昔の予習シリーズと日曜テストだけの四谷が良かった。
サピックスが親主導の手厚い受験体制を普及させ、そのせいで中学受験が過熱したんだと思っています。




































