女子美の中高大連携授業
昔の四谷大塚
数年前、子供を入塾させるときに、一番心配だったのが、「入れるかどうか?」でした。
なぜなら、私が子供の頃、四谷大塚には入塾テストがあって、成績が足りないと入れなかったと記憶していたからです。
そのため、四谷に入るための孫塾があり、そこでまず四谷に入るための勉強をする(人もいる)と聞きました。
現在では、入塾テストはクラス分けのためであり、断られることは無いですよね。いつごろから、全員入れるようになったのか・・・?
自分が子供だったので、もしかしたら全くの勘違いかもしれません。昔も全員入れたのかもしれません。
でもずっと気になっていて、もしかしたらエデュをご覧の方の中には御存知の方がいらっしゃるかもしれないと思い、スレッドをたてさせていただきました。
それを調べてどうする?といわれると、う~ん・・・
自分の記憶が間違っていたかどうか知りたいのです。子供が塾に行くようになって(近所に四谷大塚がなかったので他塾ですが)、自分のときと色々違うな~~と思うことが多いので。授業は今のほうが昔より親身で解かりやすいと思います。先生も優しいし。(模試で四谷の先生に解説していただいたことが数回あります)なんか、昔は、もっと厳しかった気がします。
・・・子供だったからそう感じただけかも知れません。
昔は準拠塾という制度はなく、平日にどこの塾に通っていようが、日曜に都心にある四谷大塚の会場で四谷大塚生としてテストを受けていました。四谷大塚は日曜にテストを主催する塾で、そのテストで良い点をとるため、あるいは四谷大塚のテスト会員資格を得るテストに合格するために、いろんな塾が予習シリーズを教材に平日に(四谷大塚に断りとかなく)指導していたという構図です。そのため、合不合判定テスト等の外部生に解放しているテストも、基本的には毎週日曜に都心の会場に来れる首都圏の子しか受けていないはずです。毎週末新幹線に乗って通ってくる子とかも一部にはいましたが。
1989年卒で準会員、池袋に日曜テスト受けに行っていました。
当時お教室で知り合って仲良くなった埼玉から来ていた女の子は後に有名な女優さんになりましたが、彼女と帰りにたい焼き屋・福よしさんの並びのマックに寄ってチョコサンデーを食べるのがささやかな楽しみでした。
懐かしいです。
最後はお茶の水5組でした。
夏期講習は中野校舎で理科実験、フナの解剖がしばしトラウマになりました。
池袋の東武カルチャーセンターの予習教室で、算数の菊野先生と理科の目崎先生が大好きでした。予習教室に行く日はいつも缶のはちみつレモンを買ってもらうのが楽しみで。授業も楽しかったなぁ〜
今47歳で中野国立1でした。娘はサピックスにしました。同じ年代の方が多いようなので、趣旨から外れますが、私の疑問に答えられる方がいらっしゃればお願いいたします。
当時筑駒に出願したのですが、受験出来たのは家から1.5時間かかる学芸大学付属小金井でした。ベビーブームだったので抽選の結果とも、心配した親が勝手に出願を変えた配慮かとも考えられます。
結局、第一志望の私立に行ったので、当時はほとんど気にしなかったのですが、チャレンジ出来なかったのが心残りです。何故こういう受験になったのでしょうか。




































