在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
できない子に四谷は無理?
こちらの板は優秀なお子さんが多いので、恥ずかしいのですが、思い切って投稿します。
小5女子、下位クラスですが、一生懸命やっている割に成績がのびません。 組み分けも張り切っていた割にさんざんな成績でした。。 算数は一番時間をかけてこつこつやっているので、(基礎問だけですが)すこーしづつですが力が付いてきたように思います。いつもなかなかおぼえられない社会と理科で足をひっぱるので、この二科目に力をいれたら、今度は国語が目を覆うばかりの成績でした。。 結局、一科目だけまあまあでも4科目平均だと
ひどい偏差値になります。
とにかく読解力がないのが、成績不振の原因のひとつだと思いますが、それだけでもなく、
算数でも新しい概念の理解にすごく時間がかかります。こんなに頑張ってるのに、と思えるくらい勉強はしているのに、成績がのびず、本当にかわいそうになります。
こういう子に四谷大塚は無理なのでしょうか? 近所に良い個別の思い当りもなく、四谷の先生はとても面倒みがよいので、本人も転塾を嫌がっており、できたらこのまま続けさせてやりたいと思っていますが、このまま成績がのびないようでは通塾の意味もないし、悩んでいます。
国語力がないので暗記も苦手なのかもしれないですが、理科、社会の暗記は皆さんどのように勉強されていますか。
それから、昨年ずっとAコースにいたのに、偏差値50以上の女子伝統校に合格した子がいるという話を聞きました。 Aコースでもそういった結果は本人次第ということでしょうか?
私は、今でも難解な文章を理解しようとする場合には、少し声に出して繰り返し読んだりしています。
子供も、声に出したほうが頭に入るからと言ってやっているときもありますし、黙読するときもあります。
まぁどっちでもやりやすいほうでいいんじゃないでしょうか。
4年生までは、国理社ともに音読の推奨があったのは事実ですが、5年ではどうか。
(国語は音読の宿題が一応出ていますが。)
とにかく、本人に対して強制しないことが一番であって、いろいろ試してみて身につけやすい方法をそれぞれ身につければいいのではないかな。
黙読はテスト時に絶対にしなくてはならないことなので、大事なことです。
が、音読ができる環境にあるときは音読することがとてもいいことのようです。
黙読だとなんとなくさーっと読み過ごしてしまう言葉も、音読は読まざるを得ない
わけで。また、自分の口から発した言葉を自分の耳で聞くという作業であるため、
この言葉の意味は何かなあ、とか、こんな気持ちで登場人物は言ったのではないか
ともう一度自ら読みなおそうとします。読解力はすぐに効果があがり即点数につながるものではありませんが、地道にあきらめないでやっていけば、あるときすっと点数がとれてくるものです。私は国語の教員をしていました。今は家庭教師をしていますが長年の経験から読解にはなにが大事か、・・・難しいですが、私なりの考えでは家庭での会話、親の考えを伝える、新聞や本をともに読む、読み聞かせを毎日のようにやってみる、などという小さいときからの積み重ねも大きいと感じています。
まずは音読、おすすめします。
最後に一言
受験国語は「黙読」でどれだけ内容を把握・理解したかを確かめるテストです。
国語の成績が上がらすに悩んでいるお母様に必ず出てくるのが「音読」のすすめです。
さて成績が上がらないお子様は、黙読で内容把握する練習を繰り返し行っているのでしょうか?
文章を黙読させて内容を把握したかどうか確かめる作業を何度も行っているのでしょうか?
簡単な文章から徐々に難しい文章へしていく、読む回数を減らしていく、時間を短縮していくなどの工夫をしながら訓練しているのでしょうか?
計算が弱いお子様はまずは計算の練習をするのが当たり前でしょう。
この当たり前のアドバイスは誰もせずに、私が思うに、突拍子もない黙読とは違った次元の「音読」を何故すすめるのでしょうか?
極端な例にはなりますが、算数ができない子に「毎朝、『算数!』と大きな声で十回叫びなさい。そうすれば成績が上がりますよ。」と言っているのとほとんど変わらないことです。
音読は黙読ができるようになるまでの過程では必要な訓練です。
が、曲がりなりにも黙読ができる子を対象とした受験国語には必要ありません。
繰り返しになりますが、受験国語は「黙読」でどれだけ内容を把握・理解したかを確かめるテストです。
黙読で内容把握する練習がもっとも大切なことに説明はいらないでしょう。
これができていなければ成績が悪くてあたりまえです。
私には無責任なアドバイスと感じました。
そのため失礼な書き方になってしまったことはお詫び申し上げます。
音読は文章内容の理解の為ではなく、
「語彙力アップ」の為に有効であると説明を受けました。
「音読しながら考えるなんてことは大人でもムリであって、
声に出して初めて理解できていない言葉に気づく。」
理解できていない言葉は読む時にあやしい感じになりますし、
読み方が間違えていたり、慣用句なのにへんなところで切って読んだりとなるので、
それを聞き手である親が指摘してあげることにより語彙力がアップし、
結果的に理解に繋がっていくと以前説明を受けました。
しかるべきスピードで黙読、読解できるようになる前に
一定の期間、きっちり音読することは子どもの場合必要なのではないかしら、と思います。
本当なら塾に入る前に、その音読の過程をすませていればいいのでしょうが、今は塾に行くのも早いし、できていない子どもが多いのかもしれないと思います。
黙読の読解が雑な子どもは、音読もすらすらできない、それはきちんと読んでいないから。
で、音読によってきちんと読むように訓練することが有効なのではないかしら。
試験で黙読なのはそれは当たり前のことですが、
そこにたどり着く前に、必ずきちんと音読出来る過程が必要なのではないかしら。
きちんと音読できなければ、「受験国語」もできないです。
国語の成績の良い子に音読を勧めている…という話ではないでしょう。
塾の先生が、子どもが音読するのを聞くと、その子の読解力が分かると言っていらしたのを
思い出します。
私も音読は大切だと思います。
なんとなく読み飛ばしてしまいがちな部分に気づくことができます。
けれども音読だけをしていて受験に対応できるとも思いません。
音読が軌道に乗ったら、もちろん黙読で内容が把握できるように
努めるべきなのでしょうね。けれども小学生というレベルでは
音読の効果は大きいと思います。
ちなみに算数の場合でも、息子の間違えた文章問題などを見ると
問題文に記されている条件を読み飛ばしていることがあり、
そのような場合には解説をする前に問題文を音読させます。
するとそれだけで解けることがしばしばです。
うちの愚息の場合、読み飛ばしすることなく眼を動かすことが
できるようになるまではまだしばらくは時々音読をさせなければ
と思う今日この頃です。
前回の最後に書きましたが、シリーズ4科すべてを音読する方法は「あくまでも我が家では役立っている」に過ぎません。それを他の方に「押しつける」つもりは毛頭ありませんし、かといってそれを紹介しては「いけない」とも思っていないのです。
最終的には「音読???」さんが書かれている「曲がりなりにも〜〜」が一番のポイントではありませんか?
スレ主さんのお子さまが、曲りなりにも読めているのか、それともまだ読み切れていないのか。これは誰にも分かりません。分からないのだからこそ、もしかしたら音読が「有効」な状態かも知れないわけです。有効であると御両親が判断したならば採用すれば良い事ですし、もはや我が子には不要と思えば採用しなければ良いだけのことかと思います。その判断は他の人が強要すべきものではないはずです。
他の方々も書かれていらっしゃいましたが、音読そのものが読解力に直結するかどうかの話ではなくて、音読する(そしてそれを親が聞く)ことによる他の目的(子どものミスを親が気付く、語彙力UP等)での幾つかの効果はありそうです。
つまり「音読すること」それ自体が悪いわけではなく、何を目的として利用するかだと思います。そういう別の利用方法もまた、スレ主さんが有意義と感じれば採用すれば良い事であり、5年・6年は絶対に黙読というのも1つの方法論ですし、それはそれで尊重すべき考え方とも感じたものです。いずれにせよ早い段階からそうした訓練を身につけさせようと判断すれば、それを採用すれば良いと思います。
ですから、どなたがどのようなアドバイスを行なうとしてもそれは自由ですし、あからさまに嘘と分かるようなものは別としても、他の方の物の考え方を全否定してしまうような文章表現は、少し控えるべきではないでしょうか。
確かに読解力UP限定の話で、中学受験を見据えた場合には、そりゃもちろん最終的には黙読による力を付けていかなければならないのは自明の理ですが、上に書いたように読解力とは別の効果としては黙読ではなく音読が有効なことだってありそうです。また学習進度によっては学年と無関係に音読を必要とする場合もあるかも知れません。その辺りの話が少し交錯していますので、もう少し切り分けて議論を進めていくのが良いのではないかと感じました。




































