将来の選択肢が広がる学部合同説明会
関西女子 中学ヒエラルキー
難易度、将来性、評判から。
御三家とかにこだわってる時代でもないと思いますし現実的なグルーピングをしたいと思います。格調と伝統も別に加味する必要ないかと思います。
最難関のRNは異論ナシとして2番手が難しい。
RN 洛南 西大和
5S 神戸女学院 四天王寺 須磨 神大附属 清風南海
あと入れるとしたら高槻と洛北くらい?
あなたが書いた内容とほぼ同意見。神女の数オリについても、イスラム圏の女子についても同じ様に考えていた。男女の数学力について大した差がないというのも同意。あえていうなら、男女で総合的な数学力は差がないが、得手不得手の傾向は少し違うのではないかな。同意を得やすい例で言うと立体問題は男性が得意という感じ。とはいえ総合的に見れば男女の体格差ほどの大きな差はなく、個人差の方が大きい。
連投失礼。ところで神女の数学教育が優れているかどうかはともかく、別学の優位点については一考の価値があると思う。滝本ゼミのサイトに参考になるレポートがある。興味がある人は、全国の中高は共学化すべき で検索してみて欲しい。別学にはマイナス面があると思うが、一方で良い面もある。このあたりは理解して志望校を決めれば良いかと。
男女別学の優位性の話は過去にもありました。
別学の方が学習面で優位なのは間違いないと思います。対象が均質な方が教えやすく管理しやすいから。
進学実績も高く出るでしょう。
それでいいのかというのは、また別の議論になりますね。
ブラックさんは、数学力の男女差はどこから出来るとお考えか、よろしければ聞かせて頂けますか?
親の社会的な地位や年収による教育格差はよく話題にのぼりますが、日本では、男女格差は驚くほど議論に上がらない気がします。
男子の方が優れていて当然、という暗黙の了解があるような…
元来、男女の数学力に差はない、と考えたとしたも、イスラム圏の逆転現象はさておき、日本だけでなく、ヨーロッパの先進国においても、有意に男子の方が数学力が高いとの結果…
おっしゃる様に、男子の方が空間認知能力が高いというのはありそうですが、それだけでは説明がつかないかな、と。
そして、ジェンダー選択圧だけの問題でもなさそうな気も…
個人的に思っていたのですが、女の子と男の子の幼少期の遊びじゃないか?と。
女の子は女の子らしく、男の子は男の子らしく、というのは根強いですし、男女で遊びの好みが違うので自然と女の子はお人形遊びやおままごとを好み、男の子はボール投げなど身体を使った遊びを好みます。
おままごとは言葉を使い演じますから言語能力が鍛えられ、男の子の身体を使った遊びは空間認識力を鍛えます。ゲームのポイントやキャラのスペックなど数字を使うことも多いと思います。
的外れだったらごめんなさい。
身体を使った遊びが空間認識力を上げるというのは高濱先生の本に書いてあったので間違ってない気はします。
幼少期からの遊びの違い、ありそうですね。
遊びだけでなく、興味ある分野、好奇心、色々とやはりそもそも男女で明確に差がありそう。
女子がお人形ごっこしてる時に、男子は車や電車やら昆虫に興味あり…
当然個人差はあると思いますが、やはり明らかに男女で特性は違いそう。
生まれ持った能力が同じでも、幼少期からの積み重ね、と考えると、大学入学時にはその差は大きくひらいてるのかも。
自然科学への興味は理系の進路選択に大いに関係してそうですし、乗り物への興味は、物理学への進路選択に影響しそうです。
幼少期の影響が強いなら、理系母に育てられた子供と、文系母に育てられた子供の違い、についても検討して欲しいところ。
文化的資本(学歴、文化的素養)の再生産(支配階級のもつ文化が、学校システムにおいて高い階級へと再び再生産されること)を説いたフランスの社会学者ブルデューがハビトゥスという概念を提唱していて興味深い。
人々の日常経験において蓄積されていくが、個人にそれと自覚されない知覚・思考・行為を生み出す性向をハビトゥスと呼び、家庭教育において行為者に発生させる性向を、第一次ハビトゥスと呼んでいる。これが家庭内の文化として幼児に無意識的に継承される。そして最初のハビ トゥスは次の知覚や行為を決定づけ、それらは新たな ハビトゥスを生み、それに応じた慣習行動を決定づけていくとのこと。
男女の数学力格差が先天的なものでないならば、こういった家庭内の性向に影響を受けていると思われるし、それがすでに幼少期に無意識に植え付けられているのであれば当該世代での変容は難しいかもしれない。






























