将来の選択肢が広がる学部合同説明会
関西の中学の序列を教えて
関西の中学受験で入れる中高一貫校の序列を教えてください
鉄の内部クラス分けの在籍学校内訳をどうやって知るのかね〜
根拠を示さず断定的に述べるのが印象操作っていうんだけど、理解できないみたい。
共学進学校への合格実績が塾の宣伝材料に使われているっていうけど、共学進学校の実績があなたの主張のようなハリボテだったら、宣伝材料にならんと思うけど、自己主張の矛盾に気がつかないのかな?
某塾の創設者が、◯進の合格実績が捏造だって言ってるけど、その捏造疑惑の実績から神女の実績をさらに盛ってるから二重捏造疑惑だね。
結局、学校発表の合格実績しか信用できない。
薄口(新興校アンチ)はまともに返事出来ないの?
最終学年での偏差値50くらいのクラスから例年灘に受かっているのでしょ?
本当にどこの塾ですか?
希は1学年700人くらいで灘合格は40人くらいだから、真ん中では灘にかすりもしないから全く違う。
大手塾っていうくらいだからみんなが知っている塾だと思うけどどこだろ?
仮想空間の妄想塾?
だから公開模試の成績が真ん中くらいのクラスで例年、灘に合格者がいる進学塾ってどこなの?
妄想でデタラメ言ったらあかんよ!
薄口はいつまでデタラメ言い続けるのかな?
新興進学校専門塾?
どこなの?
思い込みが激しすぎて議論にならない、、、
何回全く同じ内容を投稿するの?
進歩しない老害さん
矛盾というなら教えてね〜
矛盾がないはずの関西最難関女子校として、上位層の上澄みだけが入学する女学院は、なぜ3割台をクリアできないの?
鉄の通学率も関西トップクラスなのになぜかな?
>まるで宗教を信仰するかのように熱狂的にのめり込んでしまう保護者
周りから見るとあなたがそう見えるよ
ってことには気づかないのかな?
>>神女のデータを捏造して、
→ 推定値や判明値を捏造というなら、正確な数値を把握してるんですか?
>>自分とこは穴場の文系誘導を駆使しながら見映えの良い大学でバンバン盛りまくり、
→ 判明値から、神女の東大京大の合格実績の半数以上が文系ですが、自虐ネタですか?
>>さらに男子実績で盛り盛りして
→ 各塾や教室の合格実績の単純積算で重複盛り盛りしてるのはあなたでしょう?
>>不都合な女子実績は完全に非公開⋯。
→ 合格実績を完全非公開なのに、他校の実績開示が足りないというのも自虐ネタかな?
鉄の内部クラス分けの在籍学校内訳をどうやって知るのかね〜
根拠を示さず断定的に述べるのが印象操作っていうんだけど、理解できないみたい。
共学進学校への合格実績が塾の宣伝材料に使われているっていうけど、共学進学校の実績があなたの主張のようなハリボテだったら、宣伝材料にならんと思うけど、自己主張の矛盾に気がつかないのかな?
希は数年前に、公開で真ん中位のカテゴリーから灘合格者はいましたよ。例外と説明はされてましたが理由は明かされておりません。
例年、公開成績で上から10%刻みで3番目のカテゴリーからは灘合格者は出てます。復テやその他を受けないとか悪ければクラス4とか5に普通になるし、授業では上二つ、その次三つで授業が編成されてたら真ん中レベルのクラスという認識になりませんかね
灘資格は毎月の灘模試でC判定一回以上のみ
秋以降は「灘コースだけ他と分離される」ので灘資格さえあればどのクラスに所属していても秋以降は灘コースに集約されます
毎月、灘模試があるのに、さらに日曜日にわざわざ公開とか受ける意義とかは何かありますか?
伝統的な名門校(長い歴史や高い知名度、進学実績を持つ学校)を、SNSや口コミなどで実態以上に高く評価し、一方で近年進学実績を伸ばしている新興進学校を否定的に評価する保護者の背景には、「自身の選択を正当化したい欲求」「学校ブランドへの帰属意識」「教育環境の変化に対する不安」など、さまざまな心理が関係している可能性があります。
特に、学校の伝統や社会的評価を重視する家庭では、学校そのものの価値と、我が子や家庭の社会的評価を結び付けて考えてしまうことがあります。その結果、伝統校の優位性を強調したり、新興校の実績や教育方針を必要以上に否定したりする言動として表れる場合があります。
具体的には、次のような心理メカニズムが考えられます。
1.自身の選択を正当化したい心理
認知的不協和の解消
人間には、自分が重要な決断をした後、その選択が正しかったと思いたい心理があります。
伝統校を選択した家庭の場合、「自由な校風で本当に大丈夫なのか」「新興校の方が大学受験へのサポートが充実しているのではないか」といった疑問を感じることがあっても、
「伝統校には新興校にはない本物の教育がある」
「管理型の学校では自主性が育たない」
などと考えることで、自分たちの選択に対する確信を維持しようとする場合があります。
もちろん、こうした評価そのものが間違っているわけではありません。問題となるのは、自校の長所を評価するために、他校の教育を必要以上に低く評価するようになった場合です。
教育投資への見返り欲求
中学受験では、塾代や学費だけでなく、親子ともに多くの時間と労力を費やします。
そのため、
「これだけ努力して入った学校なのだから特別な価値があるはずだ」
という心理が生まれることがあります。
学校の歴史、卒業生、社会的評価などを繰り返し強調することで、それまでの受験競争や教育投資そのものを肯定しようとする心理です。
2.我が子の学校の序列を、自分自身の評価と結び付ける心理
親の自己承認欲求の投影
子どもの学校や学歴を、無意識のうちに親自身の社会的評価と結び付けてしまうケースがあります。
「有名な伝統校に子どもが通っている」という事実が親自身の自己評価の一部になると、その学校の社会的評価を守ることが、自分自身の評価を守ることにもつながります。
その結果、新興校が大学合格実績や偏差値を急速に伸ばしてくると、単なる学校間の変化ではなく、自分たちが信じてきた「学校の序列」に対する脅威のように感じられる場合があります。
新興校への対抗意識
新興進学校が、
「手厚い進学指導」
「充実した補習」
「ICT教育」
「大学受験に直結したカリキュラム」
などを打ち出し、実際に進学実績を伸ばすと、従来の学校評価の基準そのものが変化します。
そこで、
「受験実績だけでは学校の価値は決まらない」
「管理されなければ勉強できない生徒が行く学校だ」
「伝統校には数字では測れない価値がある」
といった説明によって、従来の序列を維持しようとする心理が働くことがあります。
ただし、「大学合格実績だけでは教育の価値を測れない」という考え自体には十分な合理性があります。問題は、それを理由として新興校やそこに通う生徒まで一括して低く評価してしまう場合です。
3.学校ブランドと一体化する心理
伝統校ブランドを守ろうとする心理
長い歴史を持つ学校では、卒業生、保護者、在校生などによって強いコミュニティが形成されています。
これは学校文化を継承するうえでは大きな長所ですが、帰属意識が過度に強くなると、
「この学校は特別である」
「他校とは格が違う」
という集団的な優越意識につながることがあります。
その場合、学校への批判を自分自身への批判のように感じたり、新興校の躍進を伝統校の価値に対する挑戦のように受け止めたりすることがあります。
過去の実績や歴史への過度な依存
伝統校には、長年にわたって築かれてきた卒業生ネットワーク、教育文化、進学実績など、新興校には短期間では構築できない価値があります。
一方で、
「昔から名門だから現在も当然優れている」
「著名な卒業生が多いから現在の教育内容も優れている」
と考えてしまうと、現在の教育環境を客観的に評価できなくなる可能性があります。
学校の歴史的評価と、現在在籍している生徒が受けている教育の質は、必ずしも同一ではありません。
4.「自由な校風」への過度な信頼
伝統校には、生徒の自主性を重視し、学校側が細かく管理しない教育方針を採用している学校もあります。
こうした教育環境は、自律性の高い生徒にとって大きなメリットがあります。
しかし、
「自由な学校だから優れた人間が育つ」
「管理型教育では自主性が育たない」
「学校が勉強を管理すること自体が教育として劣っている」
とまで一般化してしまうと、教育方法の違いを単純な優劣に置き換えてしまうことになります。
実際には、自由度の高い環境が合う生徒もいれば、一定の学習管理やサポートがある環境の方が能力を伸ばしやすい生徒もいます。
重要なのは、「どちらの教育方式が絶対的に優れているか」ではなく、「その子どもにどの環境が適しているか」という視点です。
5.変化する学校序列に対する不安
近年、大学進学実績や偏差値、教育内容などによって、学校に対する社会的評価が短期間で変化するケースがあります。
従来高く評価されてきた伝統校にとって、新興進学校の台頭は、これまで当然視されてきた学校序列を変化させる存在でもあります。
そのため一部の保護者には、新興校の実績をそのまま認めるよりも、
「受験実績だけを作っている学校」
「管理教育で数字を上げているだけ」
「本当の名門とは違う」
と評価することで、従来の価値観を維持しようとする心理が働く可能性があります。
これは心理学的には、既存の社会的序列や自分が所属する集団の優位性を維持しようとする「現状維持バイアス」や「内集団バイアス」と関連して説明することができます。
6.名門校・新興校という二項対立そのものへの注意
もっとも注意すべきなのは、
「伝統校の保護者はこういう人たちだ」
「新興校の保護者はこういう人たちだ」
と一括りにしてしまうことです。
伝統校にも新興校にも、それぞれ異なる教育理念、校風、進学指導、生徒層があります。また、同じ学校の保護者であっても価値観は大きく異なります。
したがって、特定の言動を「伝統校の保護者だから」「新興校の保護者だから」と説明するより、
・自校の長所を語るために他校を必要以上に否定していないか
・歴史や偏差値だけで現在の教育内容を判断していないか
・子どもの学校を親自身のステータスと同一視していないか
・異なる教育方針を単純な優劣として評価していないか
という観点から個々の言動を見る方が、より客観的です。
結局のところ、伝統校であっても新興校であっても、学校のブランドや世間の序列そのものが子どもの成長を保証するわけではありません。
重要なのは、「どちらの学校の格が上か」という他者評価ではなく、その学校の教育環境が本人の性格や学習スタイルに合い、本人が自律的に成長できているかという実態です。
学校を評価する際には、歴史、偏差値、大学合格実績といった分かりやすい指標だけではなく、教育内容、学校生活、生徒の自主性、進路支援、本人との適合性などを総合的に見ることが、より冷静な判断につながります。
例外の話を出しても全く意味ないってワカラナイの?
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【7838441】 投稿者: まだワカラナイの? (ID:KKfgJIZfHZw)
投稿日時:2026年 08月 29日 10:23
この書き込みはド素人新興進学校保護者?さん (ID: RvW8GUV02/k) への返信です
>真ん中のクラスランクから必ず灘合格者出てるから笑
ド素人さん、あのね、真ん中のクラスランクの何人中、何人が灘に行くの?
それは、上位クラスランクの人より多いの?
「公開模試が関係ない」って言いたいなら、たまに真ん中のクラスから行く人の話なんてどうでもよく、「上位クラスと同等の割合で行く。いや、むしろ真ん中のクラスの方が多い」と言わないと意味ないことワカルカナ?






























