女子美の中高大連携授業
昔のテレビコマーシャル
70年代のあるテレビCMについて情報を得たくスレ立てしてしまいました。
70年代なんてここにいらっしゃるお母様たちは、あまりご存知ないかも知れず
過疎スレになってしまいそうですが、ごめんなさい!
日産スカイラインのCMに、「愛と風のように」という歌と共に
ケンとメリーという素敵なハーフの男女が出ていましたよね。
あのCMの後、ケンは亡くなった・・といううわさがありましたが
それは事実だったのでしょうか。
何かご存知の方、教えてください。よろしくお願いいたします。
またまたなつかしいものが満載ですね。
青柳ういろうの「赤、白、抹茶」のCM覚えてますよ。
主人の親戚が愛知と岐阜にいますが、地元の方には「大須のういろう」のほうが評判がいいようですね。
「青柳ういろうはどこでも売っているけれど大須は名古屋でしたか売ってない」
と言われ、買ったことがあります。
確かにそれまでういろうと言えば青柳ういろうしか知りませんでした。
小豆の香りとほどよい甘さでおいしいですね。
それからはどこでも買えるういろうではなく大須のういろうをお土産にしています。
グリコのアーモンドキャラメル、私は森永のミルクキャラメルよりアーモンドキャラメルが好きでした。最近見かけませんがアメ横にあるということは、まだ製造はしているということですね。
チューブ入りチョコ、ペコちゃんのペンシルチョコ、不二家のお店にしか売っていませんでしたが、自動車の形をしたチョコが自動車を運ぶトラックの形をした箱に入っているセットもありました。
チューブ入りチョコはうちの子が小さい時に、駄菓子屋さんで見かけたことがあります。
小林麻美ってきれいでしたよね。髪の毛がサラサラでうらやましかったです。
ちなみに今のシャンプーのCMのサラサラヘアーはCGだそうですよ。
昔はCGはなかったはずですから、本当にサラサラヘアーだったんでしょうね。
手塚さとみもメリットシャンプーのCM出ていたような覚えがあるのですが。
中高生の頃買っていた雑誌セブンティーンの裏表紙の笑顔の写真が印象的でした。
ローカルネタはやめようと思いつつすみません。
コスモポリタンの小さなフルーツドロップスはもう一度食べたいです。
ハイジも倒産して神戸の老舗の洋菓子屋さんがなくなるのは寂しいですね。
アンリのクレープシュゼットは学生の頃、芦屋のホールで演奏会を聞きに行く前に阪神芦屋のお店に食べに行った思い出があります。
ナイフとフォークを使ってクレープを食べるのも初体験。
上品に食べるのに苦労しました。
今ならお値段の高いケーキも当たり前ですが、当時からアンリのケーキはいいお値段でしたね。
「ヨッチャン」狭いお店でしたが、三宮に行けば必ず立ち寄ってました。
しゃれた小物が多くてついつい何かを買ってました。
「ん」ももうないのですね。
ああいう「純喫茶」というのか静かにコーヒーを楽しむお店も少なくなりましたね。
子供が生まれる前に行ったのが最後です。
リュウリュウのご夫婦の裏話まで、ここで聞くことができるとは思いませんでした。
北口のリュウリュウは今も健在なんですか?
ご存知なら教えてください。
家族でなつかしいお店に一度食べに行きたいです。
知ってますかさま
子ども会の役の仕事が今年はあって(名古屋駅の近くで子どもの数が少ないため
すぐに役員が回ってきてしまいます。)土日は、球技の練習に借り出されます。
今日も、暑かったです。ぐったり。
鉛のスパイクさまも言われたように、化粧品の春のキャンペーンソング、
どれもよかったですね。今でも歌えるもの(部分的にですが)私も幾つかあります。
明るい春の日差しがCMからも感じられ、心が浮き立つようでした。
おしゃれして、綺麗になりたいな。。というワクワク感が、CMを観ると
湧き上がって来ましたっけ。春先小紅、私も使ってました。。
山口小夜子さん辺りから、東洋的な切れ長の目や、真っ直ぐな黒髪が美しい
という認識が、日本人の中にも広がっていったような・・。
60年代初めに、松本弘子さんというモデルがいて、ピエール・カルダンに
その美しさを気にいられて、パリへ連れて行かれた?という話を聞いた
ことがありますが、やはり、その女性も、真っ直ぐな黒髪で「アーモンド・アイ」の、
東洋的な人でした。外国の男性は、東洋人らしい美を好むのかしら、とも思いました。
オノ・ヨーコは・・東洋的かな?
金沢碧さん、私の姉が昔からファンなのですよ。
まだ高校生?位の頃に、姉に、好きな女優としてその人の名前を聞きました。
私は、小さいときから姉の審美眼を信じていた、というか、
姉がよいというものは、絶対に優れていると思い(たぶん、今も・・)
いつも、金沢碧さんを見る時に、特別な目で見ていたと思います。
演技が非常にお上手ですよね、そして、そこはかとない品・・・わかります。
私は、子どもが生まれてから、あまりテレビドラマをゆっくり観ることが
なくなり、本当に今の女優さんの名前を聞いても、特に若い人など、全然、
わからないのです。ナサケナイですね・・
最近、「ティファニーで朝食を」を(これはじっくり観ました。)みて、
やっぱり、オードリーペップバーンって、最高にチャーミング!と
つくづく思いました。あのしぐさの美しさ。長いまつげを重たそうに
上下させる、まばたき。豊かな表情。綺麗な済んだグリーンの瞳。
生き生きした大きめの口。細くて長い手足。
憧れの女優は、やっぱり私にとって、オードリーだわ。。と思います。
日本人では・・今、思いつかず・・。
こういうことを考えるのって、楽しいですね。男性についても、考えて見ますね。
「飛び出せ、青春」の頃の、村野武範を超える男優は、いないかも・・ですが・・。
私も関西人さま
青柳ういろうと大須ういろうの違い、なんと地元にいながら知りませんでした。
よいことを教えていただきました。ほのかな甘さ、やわらかさが、いいですよね。
上の子で、つわりがひどかった時、ういろう、よく買ってきてもらいました。
他になーんにものどを通らなかったのに、なぜかういろうは、食べたい気がして・・
私は、「桜」が好きです。。なんて。
アーモンドキャラメルと、森永のミルクキャラメル、どっちが美味しいかで
主人ともめた(?)ことがあります。私は、アーモンドキャラメル派でした。
やはり、どっちも美味しいですよね。
手塚さとみ、シャンプーのCMに出ていたような・・しっかり思い出せませんが・・。
不二家で「わたしは、大人なの、いいえ、わたしは、12才。。」
という歌のCMに、やはり、手塚さとみが出ていたと思うのですが
覚えておられないでしょうか。
おばさん様
子ども会のお仕事 お疲れ様でした。
球技のお手伝いという事ですが、用具の出し入れとか、怪我をしたお子さんの救護とかなさったのでしょうか。
湿気の多いこの時期に外に長くいるのはつらいですね。
お疲れ様です。
近くにいましたら、お茶でもお入れするのですが・・・・。
どうぞゆっくりとなさってくださいね。
ういろう おいしそうですね。
以前名古屋の友人から、ういろうをいただいたのですが、お店の名前まで見ていませんでした。
大須のういろうは他の場所で売っていないとの事。
名古屋に行くことがあったら、かならず買います。楽しみです。
コスモポリタンのキャンディは、見かけたら書きますね。
オードリーヘップバーンさん とても素敵な方ですね。
私は「ローマの休日」が大好きです。自分の地位を忘れて、心から楽しみ、人を愛した数日間。そしてその日々が終わった後、自分の地位を自覚して元の世界に戻ったときの目。
ほんの数秒だけの目のしぐさなのに、そこに王妃としての覚悟を見事に演じていました。
あんな演技の出来る女優さんは、あまりいませんね。
ボランティア活動も彼女らしいですね。知的でエレガントで、憧れの女性です。
今日は七夕ですね。みなさんは、短冊に何かお願い事をされましたか?
先日、病院に行く用事があって、大きな笹の木にたくさんの短冊が結ばれていました。
お孫さんと思われるかわいい字で「ばあばのびょうきが、よくなりますように。」などと書かれていて、ほんとうにそうなってほしいと思いました。
たくさんの本当にたくさんの短冊が結ばれていて、それぞれに家族の愛情が詰まっていて、なんだか涙が出てしまいました。
私も、ここに投稿できる事が本当に幸せです。
いつまでも続いてほしいです。
知ってますかさま
「ローマの休日」テレビで放映するたびに必ず観て、中学生の時、一度
劇場でも見た、私も大好きな映画です。どのシーンも記憶しているといっても
過言ではないほど(・・過言かな?)映画の中で、一番、回数を多く観たものでした。
「王妃としての覚悟を見事に演じた、ほんの数秒の目のしぐさ・・」
その言葉とともに、あの時のまなざしを思い浮かべると、感動がぐっと込み上げて
きます。本当に、その通りですね。「心から楽しみ、人を愛した数日間、
その日々が終わったあと、自分の地位を自覚して、元の王妃に戻った時の目・・」
娘が、この映画を観ることがあったら、知ってますかさまのこの言葉を伝えて、
より深い感動を味わって欲しい・・・と思いました。
病院の、七夕飾り。一つ一つの短冊に、家族の健康と回復を祈る言葉を
ごらんになったのですね。私も、スーパーマーケットで、飾られた七夕飾りに
足を止め、短冊を見てみました。子どもの字で、大人の字で、同じように家族の
しあわせを願う言葉が、幾つも幾つも書かれていて、ああ、どこも同じなのだなあ
平和で、家族が笑い合える日々を、皆同じように、願っているのだなあ・・と
当たり前のことだけれども、改めて、しみじみ感じました。
その中に一つ、自分の母親の文字ととてもよく似た字を見つけ、あっと思ったら
やはり家族の健康としあわせを願う言葉が書かれていたので、私も涙がでそうに
なっちゃいました。(勿論、母が書いたものではないです。)
短冊といえば、息子が去年、4年の時、部活が始まり野球部へ入ったのですが
学校で、短冊に願い事を書いてきたのです。それを、机の引き出しに見つけたのですが
書いてあった言葉は「野球部で、レギュラーになれますように」
でも、上手なお子さんが多いばかりか、息子は、実は運動があまり得意ではなく
勿論、レギュラーには、なれませんでした。あの子なりに、失望や、挫折感を
味わったのだなあ、と思い、かわいそうな気も、勿論しましたが、人生は
思い通りにならないということを、こうやって、少しずつ学んでいくのだ、
と思ったものでした。
子ども会では、グランドゴルフという球技に参加して(させられて)来ました。
楽なスポーツでしたが、時間が長くて、疲れました。
こんな歌を思い出しました。
「きのう、ケメ子にあいました、星のきれいな、夜でした
ケメ子と別れたそのあとで、小さな声でいいました、すき、すき、
ぼくはケメ子がすきなんだ、ららららー、ららららー・・」
これはご存知ないかもしれません・・。
私も東灘さま
平日はお仕事でお忙しくしておられる東灘さまが、週末にはここを覗いて下さる!
と思い込んで、「週末に東灘さまへの質問を集中させよう・・」なんて考えました。
週末もお忙しかったら、どうぞ読み流してくださいね。
高校生になってからの東灘さまが傾倒した「外タレ」は、どんな人達ですか。
「五つの赤い風船」の「遠い世界に」という歌をご存知ですか。
「遠い、世界に、旅に、出ようか、それとも赤い風船にのって・・」
という歌です。
これは、高校生の姉に教わった歌で、姉の少し上の人たちが、自分達の高校の
第二の校歌として愛唱した歌と聞きました。東灘さまの世代は、高校時代、
この歌に愛着?はありましたか。
お時間おありの時に、またお返事下さいね。




































