女子美の中高大連携授業
昔のテレビコマーシャル
70年代のあるテレビCMについて情報を得たくスレ立てしてしまいました。
70年代なんてここにいらっしゃるお母様たちは、あまりご存知ないかも知れず
過疎スレになってしまいそうですが、ごめんなさい!
日産スカイラインのCMに、「愛と風のように」という歌と共に
ケンとメリーという素敵なハーフの男女が出ていましたよね。
あのCMの後、ケンは亡くなった・・といううわさがありましたが
それは事実だったのでしょうか。
何かご存知の方、教えてください。よろしくお願いいたします。
霧の遁兵衛さま
気が付けばオオダイさま
「私のこの胸に頬をうずめ、心ゆくまで、泣かせてあげたい・・
それなのに、何も、何もいえない、口に出すと恋が、こわれそうなのー」
そう、この歌もありましたね!勿論、私も好きでした。
小さな女の子のくせに、恋の切なさ?に似たものを、この歌から感じていたように思います。
パンチの効いた独特の歌い方、声も少し変わっていて、ミニスカートで。
「夕月かまぼこ」!は、全然、覚えていません。確かに切れば、かまぼこの
切り口は半月・・・で、このCMに黛ジュンを・・・うーん、なんというセンス。
引田ミエコさんは、やはり「人形の家」のイメージが強いです。
外国のカバー曲を歌っていたことは知っていましたし、昔の映像でも見たことがあります。
天才少女って言われていて、横浜の基地で、ジャズなど歌っていたのですよね?
ぴちぴちした、自由で、元気な、怖いもの知らずの女の子という感じだったのに、
「人形の家」以降は、どんどん痩せて、顔も変わっていきました。痛々しい程に。
フェイ・ダナウェイも、そうですよね。蝋人形のようになってしまい・・
九重祐三子さん(大好きだったコメットさん!)の整形についても、私の母が
「どうしてあんなに可愛いかった目を・・」と嘆いて?いたのを思い出します。
ケメコの歌の「デュワァワァーワァー・・」のところで、顔がニンマリ
ほころんでしまいました。私も、その部分を音で表わすなら、どう書けば
いいのかなあ・・と考えていたのですから。
でも、気が付けば・・さまとは違っていて、「ジュワパーパー・・」と、なぜか「パ」が
はいるのです。小さい時の記憶で、本当の歌は全然思い出せないけれど、
子どもの頃も「ジュワパーパー」と、パの音を入れて歌っていました。
絶対、私の方がめちゃめちゃだと思いますね。
もう一度、聞いてみたいなー。
知ってますかさま
少し書き込みが途切れるだけで、寂しい、とかもう誰もお話に来て下さらないのでは
と思った、とか自分勝手なことばかり書いてしまい、本当にごめんなさい。
家に居ると気になって、すぐにチョコチョコのぞきに来てしまうため、そういう思いを
必要以上に感じるのでしょう。
もう少し、慣れないといけませんね。何度も、他の方にもアドバイスを頂いているのに・・
「小出し」大歓迎です!私も、のんびり、ゆっくりパソコンと向き合っていきますね。
一ヶ月、三ヶ月、半年、書き込みが頂けなかったとしても・・。でもその頃には
厚かましくも「皆さん!お元気ですか。」なんて、またまたスレを上げてしまうかも
知れません。その時には、またきっとお話しにいらして下さいね。
もし、私が突然、書かなくなってしまったら、何かのっぴきならないことが
この身に起きたのだ、と思って、どうか無事を案じていて(?)下さいね(本当)。
「オールスター家族そろって歌合戦」のアシスタントの女性って、誰だったのでしょう。
知りたいです。それにしても、知ってますかさまの記憶力は、すばらしいですね。
アグネスの切り抜き・・クラス全体の仲が良かったからだと思います。男子と女子の仲も
良かったのです。私の学校生活の中でも思いで深い、中学の「1年B組」でした。
アグネスの写真の中に、等身大くらいのすごく大きなポスターがあり、すごく可愛くて、
それはちゃっかり自分の部屋に張りました。(好きな男の子に渡してもらったのは、小さいもの・・)
アグネスは、手首にいつも、小さい粒の真珠のようなブレスレットをしていて、
同じ物がとても欲しかったものでした。
ピンクレディの振り付けを覚えるために、テレビを覗き込むように見ていた女の子!
可愛いですねー。子どもって、なんて面白いのでしょう。。すごくかわいい。。
イヤミの大きい靴を切ったら、隠していた宝石がザクザク出てきたお話・・
聞かせてくださいましたよね。
子どもの心に、その場面がどんなに強いインパクトを与えるか、すごくわかるのです。
小さな知ってますかさまが、目を見開いて、綺麗な宝石が石ころのように転げて
出てきた絵を、息を呑んで見つめていらっしゃる様子が本当に浮かぶようです。。
まだまだ書きたいのですが、また明日にしますね。
小出しでいきましょう・・なんて。(こんなに書いて・・)
おやすみなさい。。
私は「デュワパーパー」と歌ってました。
人によって聞こえ方が違うのですね。
美樹克彦の「花はおそかった」も流行りましたね。
ちょうど親友が薫という名前だったので、しょっちゅう歌われていました。
「回転禁止の青春さ」では腕をぶんぶん振り回しておもしろかった。
黛ジュンは本当に名曲ぞろいですね。
「乙女の祈り」はこのスレを見なかったら、一生思い出さなかったでしょう。
♪愛しながら別れた二度と会えぬ人よ 後姿寂しく霧のかなたへ♪
という曲も好きでした。彼女は三木たかしの妹らしいですね。
おばさんとはどうも殆ど同じ世代っぽいです。
もしかして、花の中3トリオと近い世代ではありませんか。
幼稚園の頃、東京オリンピックがあって、
小学校高学年にに大阪万国博、中学時代に札幌オリンピックみたいな。
高度成長期の活気はあったけど、公害も酷い時代でしたね。
三木たかしが黛ジュンの実兄であることは初めて知りました。
彼は色々名曲作っていますが私はあべ静江の「コーヒーショップで」
が好きです。
「古くから学生の街だった
数々の青春を知っていた・・・
コーヒーショップのマスターの・・・」
少ししか覚えていません。
私にとっては「学生街の喫茶店」よりこちらのほうが思い出深いです。
あべ静江さんは私と誕生日が同じです。
日にちだけです。年齢は違います。
鉛のスパイク さんへ:
-------------------------------------------------------
> 私は「デュワパーパー」と歌ってました。
私も「デュワパーパーポデュウワッシダンダン」でした。
なんて合いの手なんでしょ。
山本リンダは「困っちゃうな〜アッ」のイメージが強かったので、
「狙い撃ち」で出てきたときは心底驚きました。
> おばさんとはどうも殆ど同じ世代っぽいです。
> もしかして、花の中3トリオと近い世代ではありませんか。
> 幼稚園の頃、東京オリンピックがあって、
> 小学校高学年にに大阪万国博、中学時代に札幌オリンピックみたいな。
> 高度成長期の活気はあったけど、公害も酷い時代でしたね。
あ〜私もほとんど一緒かもしれません。
「ケメコのうた」は最初の「デュワババー」のところと「昨日ケメコに会いました」
の所しか思い出せません。
黛ジュン、弘田ミエコもなつかしいけれど、伊藤ゆかりの「小指の思い出」も意味もわからずよく口ずさんでいました。
「小指が痛い、あなたが噛んだ」です。
年頃になって歌詞の内容に気がついた時はちょっと赤面ものでした。
あの頃の歌手ってずいぶん大人びた歌詞の曲を歌っていたんですね。
伊藤ゆかりもたしか17,8だったはずです。
花の中三トリオは、もう自分と同じくらいの子たちが毎日テレビに出ているので、とても刺激的でした。
「スター誕生」は毎週見ていたので、桜田淳子、山口百恵、岩崎宏美、ピンクレディーなどなどデビュー前から見ていました。
百恵ちゃんと三浦友和さんのCMも爽やかでしたよね。
今の百恵ちゃんを一度見てみたいと思う時があります。
私も東灘さま
気が付けばオオダイさま
「ケメコの歌」の問題の?部分、人それぞれの聞き方に笑ってしまいました。(失礼。。)
歴史で年号を覚える時、語呂あわせをして「いいくにつくろう」なんてやりますが
そういうポピュラーなのはいいけれど、自分でこじつけて作ったようなものって、
気恥ずかしくて、人前で言えない・・・そんな感じが、「ジュワパーパー・・」にも
ありまして、子どもの時から自己流で歌っていたその部分を公表するのが、
照れくさかったです。で、サワリだけ書いたのですが、気が付けばオオダイさまと、私も東灘さまが、
全部、自分の覚え方を書いて下さり、カッコいい。。。と(思わず微笑みはしましたが)
思いました、はい。本当に。
でも、気が付けば・・さまがお調べ下さり、東灘さまに「ざぶとん3枚」ということは
東灘さまが、正解だったのですね。音楽好きな東灘さま、やはりお耳が優れていらした
のだと思います。
鉛のスパイクさま
「花はおそかった」ご存知でしたね。カオルという名前の子は、どんな気持ちでこの歌を
聞いているのかな、とよく思っていました。内容は関係なく、「カオルちゃん!」
と呼びかけられるのが、うらやましかったのかな?
「愛しながら別れた、二度と会えぬ人よ、後姿寂しく、霧のかなたへ
わすれな草むなしく、深く抱いて、窓の明かりともして、あの人を待つの・・」
ああ、この歌、私の中で黛ジュンの原点のような歌でした。
どんなにこの歌が好きで、自分でも歌い、友達にも歌ってもらっていたことか・・
懐かしいです。
花の中三トリオが流行った時は中学生でした。が、少し下でした。姉が中三でした。
公害。光化学スモッグなどという言葉がよく聞かれましたよね。70年代の川は最悪の
汚さだったのですよね。私達の育った時代の光と影ですね。
鉛のスパイクさまは、「コメットさん」を見ていらっしゃいませんでしたか。
私、大好きだったのです。
また懐かしい歌謡曲を思い出されたら、教えて下さいっ。
「黒猫のタンゴ」を歌っていた宮川オサムくん、どうしているのかな?
霧の遁兵衛さま
私も関西人さま
あべ静江さんの「コーヒーショップで」よく耳にしたのは中学生の頃だと思うのですが
なぜか他の同時代の歌に比べて、私の中でそう昔に聞いた歌という感じがしません。
喫茶店の出てくる歌では、「ねえマスター、作ってやってよ?涙忘れるカクテル・・」
というものが・・。これは、もう高校生になっていたかな?
「小指の思い出」さすがに大きな声では歌えない歌詞ですよね。昔の歌謡曲は、
子どもの耳を意識しないで、大人の世界を作り上げていたという感じでした。
子どもと大人の世界の境が、今よりはっきりしていたのかしら。
中三トリオ。ほとんど同じ世代の、売れっ子芸能人。野口五郎、郷ひろみ、西条秀樹
なども、友達みんな、誰かがお気に入りで。
「スタ誕」見てました。でも、中三トリオの子たちの中では、森昌子しか記憶にないです。




































