在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
昔のテレビコマーシャル
70年代のあるテレビCMについて情報を得たくスレ立てしてしまいました。
70年代なんてここにいらっしゃるお母様たちは、あまりご存知ないかも知れず
過疎スレになってしまいそうですが、ごめんなさい!
日産スカイラインのCMに、「愛と風のように」という歌と共に
ケンとメリーという素敵なハーフの男女が出ていましたよね。
あのCMの後、ケンは亡くなった・・といううわさがありましたが
それは事実だったのでしょうか。
何かご存知の方、教えてください。よろしくお願いいたします。
私も関西人 さま
> 「さよならをするために」私も大好きでした。
> 「三丁目四番地」は日本テレビ系で、たしか土曜日か日曜日の9時からのドラマでした。
> うちの親、「子供は早く寝なさい」主義だったので、このドラマも途中までしか見ることが出来ず内容は覚えていません。
> 「ありがとう」の前の「肝っ玉母さん」覚えてられますか?
> あのシリーズは8時台の番組だったので家族みんなで見てました。
そうですね。私も9時になると「歯を磨いて早く寝なさい。」と言われ、わざとぐずぐずして、テレビの画面を横目で見ていました。
「肝っ玉かあさん」見ていました。ちょっとおっちょこちょいだけど、いつもほがらかでクヨクヨしないやさしいお母さんでしたね。
ホームドラマというのでしょうか、ああいうドラマは我が家もみんなで見ていました。
昔のドラマにはお茶の間がよく出てきますね。向こう側が縁側になっていてお庭があって。
今のおうちだとお茶の間になるような和室は少なくなってきましたね。
こういう話をしていると、縁側に座ってスイカを食べたり、お庭で花火をしたり、豚さんの蚊取り線香を焚きながら、和室にごろーんと横になってお昼寝したり(横で母がうちわであおいでくれていました。寝汗をかいていたのでしょうか)・・・、そんな幼い日々を思い出します。そうそう、夏の暑い日は、たらいにお水をはって行水しました。
ピンク色のジョウロ(なんか動物の顔だったような?)で遊びました。
夏の思い出、みなさんはどんな思い出がありますか?
ほのぼのさま
万博 私は小学一年生でした。万博には遠足や家族でも行きましたが、あのときはじめて外国人をみました。いろんなパビリオンがあって、まるで夢の世界でした。
父がカンボジアの民芸品(お面)とかアフリカのゾウの置き物を買っていました。
とにかく並んだこと、月の石を見たこと、それから万博のまわりの公園の景色がきれいだったこと。これくらいしか覚えていません。
もうすこし上の学年だったら、もっともっと思い出がおありでしょうね。
うらやましいです。
私もあべ静江さんといえば「みずいろの手紙」です。
きれいな声でしたね。お顔もお人形さんのように整っていました。
小学高学年の頃でしょうか、森昌子さんの「せんせい」を歌ったのは・・・。
小柳ルミ子さんの「私の城下町」も好きでした。よく歌いました!
今日はお天気が悪いですね。台風4号も近づいてきました。
そろそろ家事に戻ります。
皆さま、お早うございます。
ほのぼのさまのお名前が、久しぶりに目に飛び込んできて嬉しく、
鬱陶しいほど続く(雨は好きなのですが)曇り空も、急に、苦にならなくなりました。
今度の日曜日に息子の塾で、2ヶ月ごとのクラス分けテストがあるため、
昨夜も暗記物などの勉強に付き合っておりました。夜のパソコンの楽しみは、
あと2日だけ我慢して、勉強を監視?しようかな、と思っています。
皆さまのお宅では、あとはお子さんの大学受験を残すのみなのでしょうか?
中学受験は、本当に親がしんどいですね。
ああ、いけない、ここに日常生活のチマチマッとした悩み事を持ち込みたくない!
と思いつつ・・。
霧の遁兵衛さま
いいちこのCMのビリーバンバンの歌、いいですよね。聞こえてくると
いつも耳を済ませてしまいます。哀愁を帯びた曲調に惹かれるのは、
やはり日本的でしょうか?
フランシーヌの場合は・・の3月30日って、私も学生運動?と思っていました。
実話があるのかしら。あれば知りたいです。
イエイツの詩のこと、教えて下さりありがとうございます。
昔、アイルランドへ行った友達が、緑が多くて雨がよく振ると話してくれました。
雨に濡れた緑の匂いが大好きだから、政治的歴史的なことは忘れて、
アイルランドというと、雨とクローバーの香りのする国というイメージを
勝手に持ってしまっています。
方言は、やはりわかりにくいのでしょうか。ほのぼのさまも英詩や小説中の
そういう例をご存知のことと思います。
「小さな日記」見てみました!ありがとうございます。
知ってますかさま
私も関西人さま
「三丁目四番地」という番組、悲しいことに、私は観ていませんでした(泣
本当に豪華キャストですよね。うわさを聞いたことはありました。でも
「さよならをするために」がこの番組の主題歌だということも、ここで教えて
いただくまで、知らなかったのです。どうして私が歌えるのかというと、同級生に
雑誌か何かに付いていた歌詞カードを見せてもらって覚えたような記憶があります。
でも、あれは高校生の時だったような・・
俳優の顔ぶれから言っても、それはそれは素敵な大人の恋愛ドラマだったのだろう、
と思われますよね。私も観てみたいです。
知ってますかさま。
「あ、私はもうおばさんだった・・愕然」の心境、私も少し前までありました!
今ではすっかり、「おばさん」に馴染んでいたりして(泣)・・。
知ってますかさまは、いつまでも「大人の恋」に憧れる永遠の少女でいて下さい。
きっと、そういう部分と、しっかりとした大人の両面を、バランスよく
持っておられる女性だと思います。そう、子どもの心も、ずっと忘れたくないですよね。
私も関西人さま。
「ありがとう」「肝っ玉かあさん」見てました、うちも家族で。懐かしいです。
「さわやかに、恋をして、さわやかに・・(歌詞不明)さわやかに泣こう・・
いつも心に、青空を、いつもやさしい、ほほえみをー(おおおーお)」
「ありがとう」の歌は覚えているのですが、「肝っ玉かあさん」の方が
思い出せません・・出そうで・・。
ほのぼのさま
万博は70年でしたね。あの年は社会的にも色々あったようなイメージが・・
三島由紀夫の自殺も70年でしたよね?70年安保、よど号乗っ取り事件も?
三波春夫のあの歌で、2年間、踊られたのですか。音楽と動きが永久に体に
染み込んでいそうですね。私も、マイムマイムの曲がかかると、やはり今でも、
足辺りが反応しそうです。2年踊らずとも・・。
桜田淳子。白い帽子で、「クッククック、」でした。一さし指の動き付きで
思い出します。百恵ちゃんが一番、大人びていました。
「日に焼けたーあなたの胸にー目を閉じてもたれてみたいー
そよ風が花をくすぐる、わけもなく泣き出す、私・・」
デビュー曲のこの歌、好きでした。その頃、あこがれの上級生の男の子がいて、
春の光と、甘いときめきと、その歌が一体化していたのです。今も口ずさむと
ローティーンの頃のときめく気持ちがわっと甦ってきて、胸がキュンとなりますっ。
あべ静江、私も「みずいろの手紙」の方が好きでした。
シャンプーのCMにも、好きなもの幾つか、ありました。
少し思い出してみます。思い出すのってとても楽しいです。
おばさん さんへ:
-------------------------------------------------------
> 霧の遁兵衛さま
>
>
> いいちこのCMのビリーバンバンの歌、いいですよね。聞こえてくると
> いつも耳を済ませてしまいます。哀愁を帯びた曲調に惹かれるのは、
> やはり日本的でしょうか?
> フランシーヌの場合は・・の3月30日って、私も学生運動?と思っていました。
> 実話があるのかしら。あれば知りたいです。
> イエイツの詩のこと、教えて下さりありがとうございます。
> 昔、アイルランドへ行った友達が、緑が多くて雨がよく振ると話してくれました。
> 雨に濡れた緑の匂いが大好きだから、政治的歴史的なことは忘れて、
> アイルランドというと、雨とクローバーの香りのする国というイメージを
> 勝手に持ってしまっています。
> 方言は、やはりわかりにくいのでしょうか。ほのぼのさまも英詩や小説中の
> そういう例をご存知のことと思います。
> 「小さな日記」見てみました!ありがとうございます。
いいちこの歌は良かったのでCD購入しました。
フランシーヌの場合はやはり学生運動に関係していました。
ベトナム戦争とビアフラ内戦に反対した女子学生が抗議して焼身自殺したストーリーを歌にしたものでした。
アイルランドには行ったことが無いので良く分かりませんが、アイルランド人がもといた銀行に2人いたので結構話しました。
クウィーンズイングリッシュと言う感じではなかったですが分かりやすい英語でした。
スコティッシュよりは分かりやすかった。
これも結構地域により違うようでグラスゴーあたりは訛りがすごいらしい。
私はインヴァネスとアバディーンに少し行っただけなのでよくわかりません。
小説で分かりつらいのはアメリカのスラングだと思います。
知ってますかさま
夏休みの思い出が、懐かしいです。
子どもの頃の夏休みの一日は、暑くて、とても長かった気がします。
朝はラジオ体操。
厚紙のカードを、首からリボンで下げて、まだ朝露に濡れて
キラキラ光る草に「きれいだなあ」と見とれたりしながら、集合場所まで行きました。
妹を待っていてやりもせず、私だけ一人でさっさと家を出るのでした。
母の手作りの、両肩にリボンのついたノースリーブのワンピースは、姉が水色
私が黄色の水玉のお揃いで、夏の朝の写真が残っているせいか、ラジオ体操というと
その服を着た自分を思い浮かべます。
(私と姉は、色違いのお揃いの服をよく着ていました。姉は水色やグリーンの模様、紺など
寒色系、私はピンクや赤などの派手な色で。幼稚園の時の、バンビの姿を編みこんだカーディガン、
可愛いそのバンビが大好きでした。)
帰ってからご飯を食べます。そのあとが、長かったのです。
テレビで子供向けの番組を沢山見た気がします。「チャコちゃん」なども再放送だった
のか、夏休みの昼間に見た記憶もあります。(オオダイさまに教えて頂いた「金色の光を・・」
の歌の番組です。)本も、漫画も沢山読みました。
お昼からは、学校のプールです。やはり厚紙のカードを持って。これにハンコを貰うのです。
子ども達が一杯で、今思えば、水もかなり汚かったけれど・・。
心地よい疲労感を感じながら、暑い炎天下の道をブラブラと、髪から雫を滴らせながら、
友達と帰ります。のどが渇いている時は、途中の郵便局へ立ち寄って、冷水を飲むのです。
氷屋さんの旗があっても、入ることはできません。恨めしい思いで通り過ぎました。
帰ったら、カルピスやプラッシーを飲んでいたと思います。ハウスシャーベットという
粉を溶かして作る氷菓をよく食べました。
お昼ねをして、目覚める頃には、夕立の前触れの黒い雲が立ち込めていたり・・
雷。急に暗くなった庭で、百合の花が白く見えたり・・。
豚さんの蚊取り線香。蚊取り線香の匂いが、夏の匂いみたいでした。
そうです、蚊帳の記憶もあるのです。
青い蚊帳で、はずした時にそれを「海」ということにして、上にのっかって泳ぐ真似や
溺れる真似を一人でして遊んでいました。ゴワゴワとした、やや荒い感触だったように
思います。
盆踊り。お盆の行事。送り火、迎え火。夏の工作。朝顔。へちま。絵日記。花火。
吉田拓郎さんの歌ではないけれど・・。思い出は、尽きません。懐かしいです。
長くなってしまいました。まだまだ書きたい気持ちを抑えて、買い物へ行かなくては・・。
また後ほど聞いて下さいね。
万博の思い出は数々あります。
私は小6だったので、開催前からとても楽しみにしてました。
万博会場を見渡せる丘の上の公園が千里にあり、そこから工事中の万博会場を何度か見ました。
太陽の塔がそびえたつ会場を実際に見たときは別世界にいるような感じでした。
外人がいっぱいいて、それも今まで知らない国の方々ばかり。
アフリカのガボンと言う国の会場では受付のお兄さんが「ガボン、ガボン」と言いながらスタンプを押してくれました。
実家は北摂だったので平日の夕方から見に行ったり、何度も何度も行きました。
日頃あまりお付き合いのない親戚が宿代わりに我が家に来ることもしばしば。
半年は旅館のように入れ替わりに泊り客がありました。
先日当時のパンフレットが実家から出てきたので捨てずにもらってきました。
動く歩道もウォシュレットも万博で初めて発表されたものなんですよ。
他にもきっといまでは当たり前のように普及している製品が合ったのではないかと思います。
私にとっては楽しい子供時代の思い出です。




































