女子美の中高大連携授業
2020年受験組の談話室
新小3生の子供をもつ母親です。
2月から浜学園に通うことにいたしました。
平成19年4月2日から平成20年4月1日生まれのお子様を持たれている方で
情報交換できれば嬉しいです。
宜しくお願いします。
ありがとうございます、もう書かないと言ったのにすみません、お礼だけ。
確かに仰る通りKidsBeeとJr.算オリと頑張ってきました。
浜の公開よりは楽しそうです。
ノートはその通りです。考える過程のみを頭に保存して結果を暗記しないようする為、書いたら捨てるよう、小さい頃から指導してきました。A4の紙に書いて、その場で捨てる繰り返しでした。その方が思考の過程を何回も頭の中でなぞることになり、結果、机も鉛筆もなくても脳内で反復できるようになります。
思考の過程を保存して、結果は記憶しない、、、が我が家のルールです。
失礼しました。
ごめんなさいさん、そう言わずにもっと書き込んでくださいよ。お話面白そうです、興味あります。
「膨らんでしまった問題集(笑)」
「秘密の家庭教師(笑)」
なんて、、、は気にしないで、続けて下さい。
東大や灘や浜の上位(最上位は除く)ぐらい、楽しんで普通に行ける人種が一定数存在する事がどうしても分からない人がいるんですよ、どうしてなんでしょうかね。本当に気にしちゃダメですよ。
やはり脳内の方が机上より何倍も早いですよね、息子達も最近やっと気付いたようです。
いつも明窓浄几が用意されているとはいえない環境に入って思い知らされたようです。
卒塾されてもう灘入学の方や今の6年生の一番資格の厳しい最高峰特訓入っている子供達、算数オリンピック、Jr算数オリンピック入賞者をみたら十人十色さんのおっしゃっていることがわかるかも?!
ほんとは楽しんでいく学校だからこそ校則がゆるいはずなのに、塾がすごく問題の分析をしてしまう時代になってしまって、それをやりこめば灘どころか東大にまで入れるようになったからこんな議論が沸き起こるんだろうなと思ってしまうわ。
塾がもっとゆるい時代も今みたいにハードな時代も、トップ層の一部は常人とは思考や方法が違う子供が一部紛れこむよね、昔の方がそういう子ほど行ってたからね。中学といわず、東大京大も。塾が発展してそういうことを忘れてしまいがちだけども。
テレビで有名な東大理Ⅲで司法試験8ヶ月合格の河野さんが
記憶するのにはストーリーだてて記憶しているとその方法を放送してましたね。
そんな人でも記憶するのには苦労してて所詮写真記憶なんて無理なんですよ。
それを証明していましたよ。
一部の障害を持った人がそのような才能があるというのはよく耳にしますが。
まやかしは無視して気にしないことです。
算数の天才は幼児教育で算数の思考方法を頭に植えつけられたお子さんが多いです。
3歳からの公園を駆け回って遊んでいる時期に七田などで勉強させられたお子さんです。
浜の灘クラスでお子さんにわかった理由をかならず聞く先生がいるんです。
なぜわかったの?って。
そのほとんどはその説明を幼児教育でならった通りに説明をします。
お皿に・・・などというのでわかります。
それが最上位飛び組です。
うちの子が灘クラスをやめるまでの1年間で一番驚かさせてくれたお子さんは飛び灘クラスの女の子でした。
正立方体をある程度規則的ではあるが一見不規則に組み合わせてあり、一方向しか目視できないという立体図、その組み合わされている正立法体の個数を答えさせる問題でした。
瞬時に個数を当てることは到底不可能であろうという図を先生が黒板に書いて書き終わると同時に、
これ何個あるかわかる?と質問すると
すぐにその女の子の手が上がりました。
124個と答え、先生は、すごい正解!!と賞賛したことがありました。
先生はその子になぜわかったの?と聞くと、
決まりがあるから
と答えました。もし完全初見で分かったならその決まりについて説明をしたんでしょうね。
一段目は1個で2段目が4個で・・・・という具合に。
先生が黒板に図を書いているうちにその子はその規則性を見抜いて計算していたということだったのですが、周りの大人たちは大変驚きました。
正立法体をどのような形に何段積むには何個必要かというのが頭にあるんです。前提の学習があるんです、つまりは勉強させられてきたということ。
何段の正立法体の組み上げには何個必要かが瞬時にわかるので、そこから欠けた立方体の部分を差し引けば答えが出せるということです。
なので瞬時に答えが出せる。
簡単な問題ですが、それをしらなければその子を天才だと思います。
テレビの東大王などでもおなじような問題を瞬時に回答する東大生がいます。
まやかしを信じて感心するより学園長の話をマメに聴きに行き、正しい方向にお子さんを導くことをお勧めします。
七田のお子さんは素晴らしい天才がおおく我が子が到底追いつけるものではなく、比べようという考えもありません。
決して先行学習を否定するものではありません。




































