女子美の中高大連携授業
「カーネーション」スレッド
本日より「カーネーション」スタートです。
皆さま、ご自由に感想をどうぞ。
誠に勝手ながら、ネタばれは禁止とさせていただきます。
ホームページ、新聞予告等での情報はお控え下さいませ。
それでは半年間よろしくお願いいたします。
あの喫茶店の堪助の親友の平助?かな、堪助はあの青年と、子どもの時におだんご屋のおだんごをチョロマカシタのでしょうか?前回の、今の子ども達がおだんごを盗んでいくシーンとリンクしていたように感じ、さらに楽しかったです。
糸ちゃんのサエさんのマネも面白かったけど、
「そんな人とどこで知りおうたん?」のおばちゃんの一言には吹き出しました(笑)
糸ちゃんのドレスを着たサエさん、早く見たいです。
お父さんといい勘助といい、憎めない男性が多いけど、
お父さんにどんな「ガタ」が来てるのでしょうね。心配です。
十朱さんのご病気の演技も上手でした。
誰かに何かが起きそうな終わり方でしたが、続きが本当に気になります・・。
「寒いほど風が出る電気扇」と書いて、電気屋さんの表に貼ってありましたね。
流石関西、宣伝文句も、面白いですね。笑ってしまいました。
芸子さんも、踊り子さんも、非常にお綺麗で、男性にちやほやされお幸せなのかと思ったら
「容姿だけで判断される」「綺麗じゃないと◯◯にされる」とお二人とも、傷ついて悔しい思いをされておられたのですね。
一人の人間としては尊重されないもののようなあつかいだったのでしょう。
男性は、今でも女性をそのように思っている方も多いですから、昔はもっとそうだったかもしれません。
糸子さんがそんな女性の気持ちを理解し、利益だけでなく女性を応援するためにもお洋服をつくるところもいいなと思います。
勘助さんの義理のお姉さま、自然で、知的で、性格もよさそうで、とてもいいかんじです。
メガネを取って洋装でもしたら、とてもお綺麗なのではないかと思います。泰造兄さんも、お目が高いです。
朝、糸子さんが出かけるとき、おばあさまがでていらっしゃいましたが、
なくなった大正生まれの祖母の寝間着の着物姿そっくりで、懐かしくて、涙が出そうでした。
関西弁ではありませんでしたが、優しい物言いは、そのままでした。
なんだか今日は、面白かったけれど、切ない感じもしましたね。
まさか、小林お父さんか十朱お祖母様かに何か起こるのではとの感じが致しましたね。
呉服屋と行ってもミシン買うために反物は売り払ってしまったし、糸子ちゃんは気前良く始めてのお客さんの洋服代ただにするわ・・・
でも、小林お父さんがお酒に逃げるのはチョット違うと思うけど。
お父さんのご先祖さんは生粋の大阪人なんやろか?
大阪商人には「損して得取れ」って言葉有るから、最初に買って貰ったお客さんには安くしたりする(電気屋に行く時はオープンと同時に店に入って値切ると沢山負けて貰える)けどね。
確か、松下幸之助さんが乾電池を発売する時に電気屋さんにただで配って使って貰ったと聞いたことが有ります。
それから、大阪には「おまけ」文化が有るようで、グリコも東大阪の小さな製菓工場だったのが、「おまけ」をつけてグリコを売り出したらヒットしたとも聞いたことがあります。
小林お父さんの先祖さんは呉服を担いで売りに出る方法で呉服を売りだし、それが売れて岸和田に店を構えたのかなぁ?
損して得取れの考えが思い浮かばなかったのかしら?
それとも、この考え方は戦後?
それから、皆様が書いていらしゃいます、足ふみミシン・・・
私の実家の母も使っておりましたので、私も使ってみたことがございますが、何故か布が行ったり来たりして全く進まなく諦めましたので、中学1年の時に電動ミシンを父に買ってもらいました。
今みたいに、コンパクトなものではなく、家具の様になっておりました。
下糸も今の様に水平がまでは無く横から差し込んだと記憶しております。
結婚して、子供が生まれコンパクトミシンを買い、子供のベビードレス、幼稚園のサブバッグ、子供の普段着、そして、いとこや姪達の披露宴に出る為の子供や私のドレス・・・
沢山作りましたが、子供ももう大学生なので、ミシンから遠ざかっておりましたが「カーネーション」を見る度にまたまた洋服作りにチャレンジしたくなりました。




































