在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
NHK大河ドラマ『八重の桜』
平成25年大河ドラマ。主演・綾瀬はるかさんです。個人的に好きな俳優さんが多く出るので、今年の大河は楽しみにしています。
2013年1月6日 - 12月(予定)(50回)
放送時間
(総合)日曜20:00-20:45
(BSプレミアム)日曜18:00-18:45
(再放送・総合)土曜13:05-13:50(45分)
ひまわり様の「浮かばれた」ような雰囲気という表現、
ぴったりです。
ナレーションでも薩長の意気を削いだ、と言っておりました。
あまり詳しくないのですが、
柴五郎という、
会津出身でありながら帝国陸軍で活躍した方もいらしたのですね。
「八重の桜」では描かれないかもしれませんが、
そのような方々が色々な思いを飲み込んで、
明治国家を支えていったのだと改めて思い知りました。
日清・日露戦争があったことで国として纏まったのでしょうか?
この前歯医者さんの待合室で読んだ週刊誌に、
「オダギリ・ジョーは低視聴率男だから、
ただでさえ振るわない大河で出番を増やすな」
と言われていると書いてありました。
襄は早くに亡くなるとのこと、やっぱり出番は少ないのかも…
歯車が狂った原因は、鶴ヶ城落城でしょうね。
①鶴ヶ城落城のあと、会津藩は青森の端で斗南藩として
集団移住をする。
しかし、夫を失った八重の母が斗南藩の移住を拒否。
米沢に身をよせる。
娘である八重は母と行動を共にする。
しかし川崎尚之助は斗南藩で重要な役割を担っており
青森へと向かう
②斗南藩は餓死者を次々に出すほどの窮乏となる。
川崎尚之助は藩のために金策に走り回るようになる。
その中で金策に失敗し、返済不可能になる。
尚之助は結果、一身に罪をかぶり、斗南藩を守り、
自ら詐欺罪に問われる身となる。
③そのような身となった尚之助は病に倒れ、失意の中で死亡。
八重が新島襄と結婚するのは、尚之助の孤独死のあとという説があるので
離婚というより、未亡人?
罪を恥じて離縁した説もあります。
でも、斗南藩のために金策に走り回り
どうしようもない状況で返済不能になったわけで~
本当に悲劇の人です。
八重のお母さん、京都に行ってからも
同志社の寮を取り仕切ったり、八重の人生に大きな影響を与え続けるんですよ。
お母さんが斗南藩への移住を頑固に断らなかったら
八重と尚之助は添い遂げただろうし、襄とも会っていたかも分からない。
>NHKは「平清盛」で天皇陛下蔑視という
>中国人・韓国人と同じメンタリティーをさらけ出し
>復活した大河を自分たちの手で潰しましたね。
それは関係ないと思います。
見ていた人が皆そう思ったわけでもないですし。
一部の方たちはそう思っているのでしょうけど。
平清盛は誰でも知っていて有名だけれど、
武士が力をもつようになる過程の話で、
戦国時代のような天下人になる為の戦などの派手さがないし、、
荒唐無稽と厳しい批判をうけても、煌びやかでそれなりに人気だった「江」と比べて、
やはり最初の方の画面の地味さや源氏の苦しい立場に、
派手さや豪華さや楽しい話を求める視聴者は脱落していったのだと思います。
ホームドラマ要素が乏しかったのも、女性の視聴者を獲得できなかった理由でしょうか。
見続ければ面白い話だったと思うのですけどね。
私は毎週楽しみでした。
それはさん、こういう意見の書き込みは
志向の違いもありますし
ふーむと読んでおけばいいのではないですか?
テレビ番組なんて見たい人が観ればいいんですし
本気で文句があるなら局に申し出ればいいんですよ。
ここは政治的なことを書き込む人は
皆さん、上手に聞き流していったほうが
賢いと思いますよ~
鶴ヶ城が落城する前に
このスレが長州軍によって、炎上されてしまいますから。
ここは米沢藩的な身の処し方で
こんな見方もあるんだ~と思って上手にスルーされるが吉かと。
灰紺様
>ナレーションでも薩長の意気を削いだ、と言っておりました。
見ていて思ったのですが、死んでいった人たちはみんな「穏やかな死」だったんですよね。
自分の死を穏やかに見つめて、決して悔恨や、薩長に対する恨みで死んでいった人たちがいなかったと思います。
それは薩長にもみえたのでしょうか?
それが、かえって意気を削いだのかもしれませんね。
離婚原因?様
尚之助、なんて人生なのでしょうか!
尚之助はこれまで、会津藩の敗北と共に、八重を置き去りにした軽薄な男とのイメージを持たれていたみたいです。
でも、徐々に藩を救うために犠牲となり、悲しい終焉を迎えた人物であったことが判明してきた事は、よかったと思います。
>見ていて思ったのですが、死んでいった人たちはみんな「穏やかな死」だったんですよね。
自分の死を穏やかに見つめて、決して悔恨や、薩長に対する恨みで死んでいった人たちがいなかったと思います。
そんなはずないと思いますが。
恨んで死んでいったと思います。恨むという表現が悪ければ、敵意を持って死んでいったと思います。そうでなければ、会津魂を見せる必要なんてないんですから。
スタジオパークだったか、宮崎美子さんがお出になった時、演じられたときの気持ちが湧きおこって涙が止まらなくなってしまいました。
「みんなどんなに生きていきたかったかと思います」とおっしゃっていました。
薩長、新政府軍にあんな仕打ちを受けなければ、戦争になることもなく、平和に暮らしていたでしょう。死ぬこともなかったのです。




































