在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
NHK連続テレビ小説『ひよっこ』
2017年度上半期NHK「連続テレビ小説」第96シリーズ
2017年4月3日〜9月30日放送(全156(予定)回)
演出 :黒崎博 田中正
脚本 :岡田惠和(作)
プロデューサー:菓子浩(制作統括)
出演者 :有村架純
沢村一樹
木村佳乃
古谷一行
峯田和伸
宮原和
高橋来
ほか
ナレーター:増田明美
オープニング:桑田佳祐「若い広場」
時代設定:1964年(昭和39年) -
みね子って(というより岡田作品の主人公の特徴ですが)人徳ですよね。
皆んなが手を差し伸べたいタイプ。
普段から謙虚なのでしょうが、すずふり亭の人たちの心の大きさや、そこから来る余裕すら感じます。
心の狭い人っていますよね。
毎日そんな上司と闘ってますが、私はみね子ほどの人徳はないから(笑)
お母さんが迎えに来ればいいのでは?みね子は忙しいんだから。
何でもかんでもみね子が一人でやらなきゃいけない理由はない。
可哀そうな子と思われたくないけど、人の好意にはしっかり甘えたいみね子。
みんないい人達で良かったね。
さて、ホールはどうするのか?
CM撮影の時のように半日という訳にはいかないから、大変だよね。
すず様に激しく同意です!
美代子でも、宗男でもいいはずです、ビートルズでは長居しましたよね?
そもそも知らせたら直ぐに飛んで東京に来そうなキャラ設定でしたのに、どうしちゃったのかしら?
みね子も、まだまだ疎いですね。娘の説得ではなく母に会いたさもあり帰りたい様だと、母に花を持たせる意味で美代子に迎えに来れないかを聞けば良かったのに。
気になっていた綿引さんに連絡したのもみね子。
お母ちゃんは一体なに?悲劇のヒロインのように何もしないで悲しむだけに見えます。
辛いのはわかるけど、婦人会3人組ではあれだけ喋れるし面白おかしく報告していたじゃない?
なぜ連れて帰らなかった、という質問に
昨日まで世津子さんと暮らしていたのに、今日からいきなり私と住みますっていってもね。と言ってましたね。
でもそれって、みね子も同じじゃないのかな。
今の実さんにとってはみね子だって見知らぬ人なのだし。
自分(美代子)は駄目でどうしてみね子なら良いと判断したのだろう?
美代子さんはただ大変なことから逃げているんじゃないの?
それから、やっぱり時子と愛子が同部屋になったのですね。
そういうことをお願いに上がったりせずに、「今日からみね子と暮らして」
と勝手に決めてしまったこともやっぱりドラマとはいえ引っ掛かります。
急いでいたってあかね荘とすずふり亭に数分でもいいから顔出して
これからのことお願いに上がってほしかったな。
美代子さんはそれくらい丁寧な女性だと思っていました。
あと、奥茨城婦人会たちは川本世津子という大女優の顔を全然知らなかったのですね。家にはテレビだってあったはず(聖火リレーの時見てましたよね)
テレビ見ない家でも川本世津子は知っている、くらいの大女優なのかと思ってました。
名を聞いただけで「え。あの川本世津子の家に居たの?」と誰もが想像できるくらいのほうが自然だったのでは。
それに文字も書けなくて子どもみたいな字で無学な人みたいな設定で何を感じ取ってほしかったのだろう。ただ違和感があるだけです。
あと、スリッパがどうこうという説明の時だって
あれが川本世津子の象徴なのかもしれないけど
そこにナレーションが割って入って「美代子さん、スリッパなのですね」
と被せてくるのには辟易しました。
ここ、感じるところですよ、逃がしちゃ駄目よ、としつこく言われているようで。ナレが効果的ではなくてしつこく感じることが多いドラマです。
ちよ子ちゃんは中学生になっていましたよ。制服姿で出てましたから。美代子が世津子さんのところに行くために上京した時にはカレー作ってましたし、卵焼きも以前作ってましたから、少しは役に立つようになっているとは思います。
朝ドラですから、あんまり出来た妹弟だとみね子の出番がありませんからね。やっぱりみね子が居なくちゃ・・・やっぱりみね子はすごいね! という展開にするためには、仕方ないのかもれません。
すずふり亭は絶対にまわりませんよね。その日に帰らなければならないわけではないのだから、お休みの日がちょうど田植えの日というあるあるな展開にすれば良かったのに。もちろん、美代子に迎えに来てもらう(もしくは相談する)のが普通ですけれど、それではみね子の活躍シーンがなくなります。
みね子か居なくてすずふり亭がピンチ➡愛子さんが手伝う➡省吾さんと・・・という展開にするために、みね子が奥茨城に行く必要があるのかしら?




































