- インターエデュPICKUP
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投稿者: 違和感 (ID:xH6GFrHQ/tU) 投稿日時:2015年 04月 23日 10:46
萩原流行さんの奥様が朝一でインタビューに応えてました。
ゴミ出し‥だったのでしょうか。
夫の亡くなった翌日の朝にゴミなんて出すものでしょうか。
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【3721009】 投稿者: 多分 (ID:yMRA62O4TXM) 投稿日時:2015年 04月 23日 13:58
まだ突然の夫の死を実感できないのでは、と感じました。
スレ主さん、意地悪なタイプなんですか?
私は人生50年近く生きてきましたが、自分の価値観と全く同じ人はほぼいないと思います。
人それぞれ皆違います。 -
【3721014】 投稿者: 未亡人 (ID:.zW8ajrZMfs) 投稿日時:2015年 04月 23日 14:07
何度も交通事故にあわれて・・・今回ですよね。
とにかく最愛の人に先立たれた経験のない人が四の五の言える問題ではないかと思います。
良く老夫婦が後を追うように亡くなるというのが経験すると体感できますよ。
ものすごいストレスなんです。
そのストレスから心身を守る為にかハイ状態になるんですよね。直前直後は。
躁鬱の躁状態になると考えると分かりやすいかなと思います。
ですのでしばらくして欝状態になります。
そのときには体ボロボロですよ。 -
【3721026】 投稿者: ためいき (ID:MMow7JkmGVA) 投稿日時:2015年 04月 23日 14:18
薬の影響なんだろうなと思いました。
萩原さんも薬の影響でいろいろ判断が鈍くなり何度も事故を起こしたりして今回とうとうなのではと思います。
身内におりますけど、抑制の薬って感情を鈍麻させて怒りも喜びも悲しいことも鈍麻させて普段表情は人形みたいに
固まってしまっている、それで日常生活平常保つといった感じなのですよね。
そして鈍麻された日常の中、
劇的な不幸(近親者が亡くなったり入院したり)が起きると鈍麻した感情さえ、ショックを転じて久しぶりの外部からの刺激に
自分で自分をびっくりするような?が笑って興奮するような場にそぐわない表情を何度か見たことあるので、驚きません。
普通の人は平常心から世間に対してもとめられる表情って作ること出来ると思いますが、病気の方はそういうの下手だと思います -
【3721029】 投稿者: 非難しないであげて・・・ (ID:QnjiLkXrjLo) 投稿日時:2015年 04月 23日 14:31
(もし、万が一その事実を悲しんでいなかったとしても、他人がいろいろと言う資格はないと思います・・)
突然の悲しみに出会った時、人がどのような行動を取ってしまうかなんて誰にもわかりません。
私は・・
ICUから漏れてくる、5歳のわが子の心臓マッサージをしている様子を聞きながらグルグルと考えていたことは『しまじろうを止めてあげなきゃ・・』でした。
今考えれば、意味不明ですよね。 -
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【3721129】 投稿者: いけませんか (ID:ySJL3As/9YA) 投稿日時:2015年 04月 23日 17:42
私もそう思います。
いいとか悪いとか、違和感があるとか、傍で言わないほうが良いことだと思います。
マスコミも酷ですよね。 -
【3721147】 投稿者: ゴミ出しよりも (ID:KBA062C1JVY) 投稿日時:2015年 04月 23日 18:08
奥様まだ薬を服用していらしたのですね、存じ上げませんで失礼致しました。
私にも、ごく身近な人にうつ病の患者がいるのに・・・
非難しているつもりはありませんでしたが、配慮が足りませんでしたね。 -
【3721152】 投稿者: 流行さんは、、 (ID:JRQhJQoP4SQ) 投稿日時:2015年 04月 23日 18:17
鬱ではなく、躁鬱だったそうです。
なんども事故を起こしながらも
乗らずにはいられなかったのか、、
病気も関係していそうですね。
ご冥福をお祈りいたします。 -
【3721220】 投稿者: 誰にもわからない (ID:hUU/vx8xC2I) 投稿日時:2015年 04月 23日 20:17
どんなに悲嘆にくれていても、ずっとうち伏して泣いているばかりではないと思います。
お腹がすけば食事もするし、出掛けるときには化粧もする。
葬儀の準備やら、事務的なことにも対応する。
端から見れば、淡々としているように見えるでしょう。
だけど、心の中は危機的な状態のこともあるのです。
私はじっとしていると、たまらなくなり叫びそうになるので、なるべく外に出て、家ではひたすら掃除や片づけをしてました。
そうしなければ、精神を病んでしまっていたでしょう。
そんな耐え方もあるんです。
人の心の中を外に表れていることがらだけで判断しようというのは、少し考えが足りないように思えます。
共感や同情ができなくても、少なくとも、他人のことはわからないのだという謙虚さは持ちたいものです。