女子美の中高大連携授業
古文漢文要らない
大学入試の科目(東大など科目数が多いケース)
文系でも統計などで数学は使うので、最低限の数学は必要。
理系でも現代文が読めて書けなければ話にならないので、現国は必要。
グローバル社会の中で、英語はどの分野に行くにも当然必要。
文系の人でも、理科的思考はある程度経験した方がいい。
理系の人でも、世界の地理や歴史の基本的なことは、たしなみとして知らなければ恥ずかしい。
ところで、古文、漢文、大学入試にある意義はなんでしょうか?
東大なんか、理系の2次でも古文、漢文ありますが、その後の人生でほぼ何にも役に立ちません。
ここから改革してほしいです。
皆さんどう思われますか?
>これから思考力、表現力、判断力を重視していく
そうであるのならなおさら、われわれの価値観、発想、文化的素養の素地たる古文や漢文の教養がさらに必要になるとも思われる※。問われるべきは「中身」であるはずなのだから。それは欧州での文化や学問の理解のためには、まずはキリスト教文化への知見が必須とされることと同様である。
※欧米文化を発祥とする学問に日頃親しむ私であるが、ときに『伊勢物語』での在原業平にある種の羨望を覚え、『平家物語』での貴族的精神が武士道精神によって凌駕されていく経路に嘆息する。
> 実質的にそのままお蔵入りならば、結果として同じこと。形式論ではあるまいか?
お蔵入りにはならないでしょう。理系では数3Cがほぼ必須のように、文系では漢文をほぼ必須にすればよいのではないですか。理系は選択してもよいですが、余力次第ですね。
> 現代語訳に頼って、原文で古典を扱えないのは、恥ずべきこと。
ならばシェイクスピア以前の英語やラテン語も学ぶべきってことですか?きりがありませんよね。それに理系でもそれなりの立場になって本当に必要になれば自ら勉強しますよ。
> そうであるのならなおさら、われわれの価値観、発想、文化的素養の素地たる古文や漢文の教養がさらに必要になるとも思われる
過去を遡ることの深みが理系と文系で違うでしょうから、理系には漢文の素養はすぐにはいりませんよ。理系はどちらかというと未来志向ですからね。
しかしながら、それは過去を踏まえたものであることを重視する。たとえば英国の高名な外交官であり、歴史家でもあったE・H・カーはかの有名な「歴史とは、現在と過去との絶え間ない対話である(An unending dialogue between the present and the past.)」と述べた。しかしながら、それは文系のみならず理系においても必須な思考態度ではあるまいか。
たとえば戦前の中国・ハルピンでは、軍部の命により細菌兵器開発のために日本の医学者らによるペスト菌を用いた人体実験がなされた。それにもかかわらず、最近でも防衛装備庁に差し出された「毒まんじゅう」に安易に食いつき、人殺し兵器研究に加担する科学者たちがいる。そこに、過去への反省は見受けられない。今後は、限度なき野放図な遺伝子組み換えの商業化も懸念される。
そうした科学者の暴走に対し、西欧にはキリスト教文化や倫理が歯止めになり得る。他方で、日本では古文や漢文といった古典に流れる文学思潮・理念がそれに代用する働きをする可能性も考えられる。森鴎外に象徴される医師らが、同時に優れた作家でもあったとの事実も、それの延長線上にある現象とはいえまいか。




































