女子美の中高大連携授業
古文漢文要らない
大学入試の科目(東大など科目数が多いケース)
文系でも統計などで数学は使うので、最低限の数学は必要。
理系でも現代文が読めて書けなければ話にならないので、現国は必要。
グローバル社会の中で、英語はどの分野に行くにも当然必要。
文系の人でも、理科的思考はある程度経験した方がいい。
理系の人でも、世界の地理や歴史の基本的なことは、たしなみとして知らなければ恥ずかしい。
ところで、古文、漢文、大学入試にある意義はなんでしょうか?
東大なんか、理系の2次でも古文、漢文ありますが、その後の人生でほぼ何にも役に立ちません。
ここから改革してほしいです。
皆さんどう思われますか?
私は反米右翼ではないのだけど、GHQの占領時代に検閲になった漢文というのがいくつかあって、
1つは鶏口牛後。戦国時代に秦に圧迫された各国に縦横家の蘇秦が説いた言葉。言うまでもなく、対米従属に対する批判となりうるので、GHQは警戒した。
もう1つは臥薪嘗胆。越王勾践が呉に屈服した後に、屈辱を忘れないため、自らに課した。三国干渉を受けた日本がロシアへの恨みを忘れないための国民標語ともなった。
これらは趣味教養というよりは、日本人が日本人としてのプライドを保つための共通言語とも言える。
それが目的なら、漢文で学ばなくても、現代文の中で漢字(熟語含む)の意味や由来などを日本語でもっと丁寧に教えればよいのではないですか。漢検準一級程度の漢字を自由に扱えるようになれば、羅列された漢字を順に読むだけで大方の意味は理解できます。中国の古典を持ち出して、中国の歴史や文化ともに学ばなくてもよいと思います。
>確かに早慶の文系に数3Cを課すのはオーバーワークですね。でも、早稲田政経が共通テストの数1Aを課しただけであんなに志望者が減ったのだから、
むしろ、受験生間に当時、それへの強い警戒感があったからではあるまいか。私事だが、昨年身内が国際政経学科の一般入試を受験した(現2年)。地歴の複合問題の英数版との印象だったそうだ。いずれにせよ、検証には最低3年は必要だ。拙速な断定は禁物である。
1890年にお雇い外国人として来日し、3年間独逸学協会学校(現在の獨協学園か)で国際法を講じたオトフリート・ニッポルトは次のように指摘する。
「西洋の文化は、日本人の手の中では、まさしく文化ではなく、彼等の目的に奉仕する道具であり、その高邁な内容や精神を、彼らは理解しなかった。我々の文化の根底について、日本人は全く関心を持たない。ましてやこの文化を自己のものにするとは考えもしない」
さらに、ドイツ人医学者ベルツは1901年、東大在職25周年祝賀会で次のようにスピーチした。
「欧州の学問世界は一つの有機体であり、あらゆるそれと同じく花を咲かせるのには一定の気候、一定の風土を必要とします。西洋の学問は、精神の緊張をはらんだ大気のなかで息づいており、(・・・)地球の大気が果てしない時間をかけて作られたように、欧州精神の大気も、自然を究めて世界の謎を解くという一つの目標に向かって、数々の傑出した人物が数千年にわたって努力してきた結果であります」
両者に共通するのは、御所論の如く安易な「つまみ食い的お手軽さ」への訓戒である。




































