女子美の中高大連携授業
日本のレベルの低い国立大学法人は廃止して
もちろん、私立のFランクも淘汰して
一定レベル以上の大学に選択と集中すべき。
いわゆる、駅弁大学は整理統合しましょう。
>軍事兵器を作るだけが、安全保障ではありません。
アベや戦争「させたくて」ー自衛隊員にーしかたのない戦争ゲーム屋オタクらにお話し願いたい。
他人ー朴訥な青森の部隊ーを酷暑で危険な南スーダンに派遣、
他方命じた側は涼しく安全な総理官邸でぬくぬくとー正月休みはゴルフ。
弔慰金は9000万だと。
6000万から大幅値上げ。
「危険」だと、稲田らが承知している証拠。
「国民は、その民度に応じた政府しかもつことができない。」
二俣川さん
私は最初に
>私も上述のように思っていますし、戦争は絶対反対ですが、国を守るためには仕方が無い部分があるかと感じます。
と書き込みました。「仕方が無い部分があるかと感じます」つまり、全てを肯定しているわけではありません。
>軍事兵器を作るだけが、安全保障ではありません。
自衛隊の方々は、本当に大変なご苦労だと思います。
この議論の発端は、「関西大学の安全保障技術推進制度への申請禁止」を、二俣川さんが「国立大学に見習って欲しい(無理だろうが)」と書き込まれていたので、「国立大学も申請禁止している大学もあるし、私立大学にも申請して採択され科研費をもらっている大学がある」とレスさせてもらいました。
その流れで、私が「仕方が無い部分があるかと感じます」と、思う部分は『サイバー戦争』などのこと。そして、「軍事兵器を作るだけが、安全保障ではありません」流れで読んで頂いたらお分かりになると思ったのですが、、、
>軍事兵器を作るだけが、安全保障ではありません。
これは、「サイバー戦争」対策を指していたのですが、もし誤解があるのであれば、
>軍事兵器を作るだけが、「安全保障技術推進制度」ではありません。
と訂正させて頂きます。
>その流れで、私が「仕方が無い部分があるかと感じます」と、思う部分は『サイバー戦争』などのこと。そして、「軍事兵器を作るだけが、安全保障ではありません」流れで読んで頂いたらお分かりになると思ったのですが、、、
率直に申してわかり難かった。
ちなみにアベ政権の狙いは、以下にある。
1、自衛隊員を派遣したとのアリバイ
2、血を流したとのアリバイ
3、「国際貢献した」とのアリバイ
『サイバー戦争』は重大問題であろうが、アベの関心はそこにはない。
理由は、上述に結びつかないから。
「見える」形が欲しいのであろう。
いずれ、不幸な殉職者が「軍神」となり、靖国に葬られよう。
その陰に、主や息子を失った家族の慟哭がある。
東京大学大学院法学政治学研究科の井上達夫教授によると
憲法9条の存在こそが護憲派・改憲派双方の自己矛盾と欺瞞を生み、本格的な安全保障論議を妨げてきたと言っている。
護憲派は憲法を擁護しているように見えて、実際は形骸化させてしまっている。 護憲派にも二つあって、ひとつは原理主義的護憲派。こちらは「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という9条第二項を字義通り捉え、自衛隊と日米安保は存在自体が違憲だという立場です。
それに対して、修正主義的護憲派は、専守防衛であれば自衛隊も安保も合憲であるという立場で、基本的には歴代の内閣法制局の見解と同じです。
一九四六年の帝国議会憲法改正委員会の席で、野坂参三が、自衛のための戦力まで放棄するのはおかしいではないか、と質問したのに対し、時の吉田茂首相は、自衛のための戦力も放棄したという趣旨だ、とはっきり答弁してい専守防衛の範囲なら」という内閣法制局の見解自体、すでに解釈改憲そのものなのです。つまり、修正主義的護憲派は、自分たちがすでに解釈改憲を行っていながら、違った意見を持つ安倍政権にはそれを許さないと主張している。ダブル・スタンダード以外のなにものでもない。彼らに安倍政権の解釈改憲を批判する資格はありません。修正主義的護憲派の狙いは憲法と現実の乖離の是正ですが、そうであるなら、本当に取り組むべきは「専守防衛に限り戦力を保有する」と明示した「9条改正」でしょう。 と
日本の自衛隊がポジティブリストによって縛られているという問題
をご存じだろうか?
ポジティブリストというのは、つまり、
「これこれこういう場合は軍事力を行使して良いですよ」
というリストのことです。
例えば、「敵が撃ってきたら撃って良い」というような専守防衛の問題などはこれに起因しています。
通常、諸外国の軍隊は「これだけはやっちゃいけない」というリストによって縛られています。これはネガティブリストと言います。
つまり、通常、軍人はいかなる状況にあっても武力を行使するものなのです。その前提の上で、「これだけはやってはいけない」というのがネガティブリストです。ネガティブリストというとネガティブなイメージかもしれませんが、「これだけはやってはいけない」というネガティブな取り決めの方が実行可能な範囲は遥かに広いのです。
逆に、「これだけはやってよい」というポジティブな取り決めだと、実行可能範囲はごく狭まってしまいます。
それを言うと、今の安保法制においても、単にポジティブリスト「これはやっていいですよリスト」の項目が増えるだけで、 「これだけはやっちゃいけませんよ(だけどそれ以外は全部やっていいですよ)」というネガティブリストにはなっていないのだ。
二俣川さんに、お尋ねします。
「阿倍政権の狙い」や「憲法改正」は、別にスレを立てた方が宜しいかと。
スレタイから今以上に外れてしまうので、話を戻します。
二俣川さんは、地方国立大学を「駅弁」と蔑称で書き込まれていますが
『日本のレベルの低い国立大学は廃止して』
>いわゆる、駅弁大学は整理統合しましょう
二俣川さんのお考えの中では、地方国立大学は蔑称で呼ぶことが相当なのでしょうか?
スレタイに添った「レベルの低い」とは、どのレベルとお考えですか?
地方国立大学を統廃合するなら、どのようにすべきとお考えですか?




































