在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
上智って関東の関学
一般率の低さに腰抜かしました。まさか、30%台とは。
カトリック推薦と称して、中受偏差値30台40台の学校から指定校推薦がたくさんあったり、帰国枠が人数多かったり。
とにかく推薦だけで7割近くいるのに、評価だけ高いとか。もはや、関西学院なみじゃないですか?
獨協やSFCが一教科の軽量入試で偏差値あげてるとか、上智も同じですよね?
>推薦やAOの基準、それは「学校が欲しいと思った生徒」であるかどうかではないでしょうか。
そうそう、これなんですよ。
今まで大学サイドからの話は出てこなかったけど、AO・推薦の拡大は大学にとっても大いにメリットがある。
ペーパーテスト偏差値時代は、東大以外のすべての大学は、どこかの大学を落ちたり諦めたりした学生で、キャンパスが溢れかえっていた。
大学もそんな学生に来てほしくないのですよ。
「うちの大学が第一志望」「こんな学生に来てほしい」。
そういう学生を選抜できる。これが大学側のメリットです。
もちろんそのためには、大学もカリキュラムを充実させたり、キャンパスを整備したり、努力を惜しまない必要があることは言うまでもありません。
>などと言われない明確な基準を作る必要があると思います。
既に忖度の入り込む余地がない基準があるのなら、問題ないと思います。
あなたの言っていることは意味不明ですね。
東京医科大の例は、ペーパーテストの話でしょう。
聞きたいのは、それならペーパーテストならば忖度が入り込む余地がないのか。
非常のあるじゃないですか。
そうですね。
でもペーパーならある程度証拠が残りますよね。
最低点もわかります。
不正や忖度がしにくくなっています。
ペーパーの中でも小論文は忖度される余地が残りますね。あと面接。
ただ、小論文、面接のメリットもあるので、難しい所です。
別に推薦全てが悪いと言っていませんし、ペーパーが完璧に平等とも限らない。
卒業生の子供だから、教授の親戚だから、寄付金を払うから忖度しようとすれば出来てしまう推薦のやり方は極力出来ないようにすべきであると思うし、
また、
大学は勉強する場所なのですから、どんなに一芸に秀でていても、最低限の例えばセンター試験の基準をクリアする位の学力がある生徒が入る様にすべきであると思っています。
その上で卒業、進級を厳しくすれば良いのではないでしょうか。
つまり、推薦はズルいと言われない様に。
推薦で入った学生の地位が上がるように。
例えば東大のように。
>つまり、推薦はズルいと言われない様に。
推薦で入った学生の地位が上がるように。
ズルいなんて失礼なことを言っているのは、あなたぐらいなものです。
学生の地位とはどういうことか。別にAO・推薦で入った学生が低いわけではない。
上に書いたように、就職でも別に差別されているわけでもない。
>大学は勉強する場所なのですから、どんなに一芸に秀でていても、最低限の例えばセンター試験の基準をクリアする位の学力がある生徒が入る様にすべきであると思っています。
アメリカの大学入試はOAでもSATが必要であると書かれていましたが、平等にさんの考えるような使い方とは違っています。
ほとんどの大学で合格基準点を設けてはいません。
そのため、特別な実績を上げた(例えば数学オリンピック入賞者)場合には、SATの点数が低くても合格できるシステムになっています。
要するに一芸入試的な異能者でも合格できるように考えられているのです。
そこに、平等にさんが主張するような合格基準点の考え方を持ってきてしまうと、ダメなんですよ。
しかし、異能者であっても、大学でしっかり勉強を積まなければ卒業をさせない、ということにすれば、しっかり平等の考え方は生きます。
子供は東大生ですが、AO入試をもっと拡大して、定員の半分はAOで入れた方がよいと主張しています。
それは、東大に3000人の学生がいても、似たようなタイプ(そしてボーダーに近かった合格者層ではドングリの背比べになってしまう)が多いからだそうです。
東大は、上位に優れた方が多い大学ですが、上位をインスパイアできる学生が少ないと言います。それは、ほぼすべてが学力試験のみの試験で入ってくる弊害だと言います。
だからもっとAO入学者を増やして、異能のある学生を増やした方が、上位の学生のためにもなるという考え方です。
そこで、センター入試のような簡単な試験によって合格最低点の線引をしても、つまらない入学生が増えるだけだと言っていました。
あの程度の試験なら必要ないという考え方です。
それよりももっと重要なことがたくさんある。それが子供の主張でした。
一定の学力をと考えるのは、下位の大学のAOには多少意味があるのかもしれませんが(自分の名前が書けないようでは困りますので)、ある程度以上の大学であれば、意味がないと思います。
それも含めてAOなんですよ。
要するに各大学がそれぞれの基準で、学力試験を課すかどうかを決める、というのが重要なのです。
平等にさんの主張するような、一律の導入はAO入試にはそぐわないということです。
>要するに各大学がそれぞれの基準で、学力試験を課すかどうかを決める、というのが重要なのです。
そうそう。これが大学がAO・推薦を拡大している一番の理由です。
選ぶのは大学なのです。そして受験生でもある。
一律ペーパーテストの主体は誰なのかわかりませんが、とにかく大学や受験生が入学を決めているのではない。
行きたい大学、来てほしい学生がいるキャンパス。
これが大学の望む姿であり、これが出来るようになったのです。
各大学が好きなように入学基準を決めれば良い、という当たり前の結論ということみたいですね。
ペーパーテストのみ、面接のみ、じゃんけんやアミダクジ、何でも良い、それが個性を尊重するということであり、自由な選抜ということなのでしょう。




































