在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
「旧帝」という括りは無実化してないでしょうか?
難易度も違いがありますし、就職先もバラバラですし。
どういう成り立ちでこの言葉ができたのでしょうか?
いまだに「旧帝」と塾やメディアまた一部の方が使用する場合があるのはわかりやすいからでしょうか?
>投稿者:わかる(ID:NkeJkFZWb3g)
投稿日時:2021年 03月 06日 11:24
東大京大は旧帝という括りは決して言わない
実際迷惑
東大新聞2021年3月10日号の2ページ目に、「旧帝国大学に当たる日本国内の七つの国立大学」とありますよ。
東京神田錦町に学士会館というものがあります。
下記は、同会館のホームページから引用させていただきましたが、ここにあるように旧帝国大学(七大学)の交流は脈々と引き継がれています。
七帝戦といわれる毎年のスポーツ交流もいまだ健在です。
旧帝大という呼称は、受験産業だけが使っている訳ではありません。(常用されている訳でもありませんが)
偏差値での分類ではなく、論文数などの実績でみられるように、研究機関として世界規模で競争する大学群としての「旧帝」は今後も生き続けるものと思われます。
(学士会館ホームページより)
1877(明治10)年4月に創設した東京大学は、1886(明治19)年3月、「帝国大学」と改組改称いたしました。それまでの9年間、東京大学総理であった加藤弘之先生が退任されたのを機に、先生に対する謝恩会が開かれました。
これが「学士会」のはじまりです。のちに、旧帝国大学(現在の国立七大学[※])出身者の親睦と知識交流を目的とした場に発展して行きました。
※国立七大学とは北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学のこと。
戦前に帝国大学であったとの史的沿革を述べたものに過ぎず、ここで無造作に口の端に上るそれらの優位性の如き文脈でのものではないと思われる。
したがって、そうした諸大学の沿革上の文脈とは無関係に、「旧帝」なる言辞を何らかの差別化を図る意図でのカテゴリー的意味合いで用いるならば、今の時代にけっして適切ではないと思われる。
大日本帝国は75年前のポツダム宣言受諾によって事実上消滅したというものが、斯界の通説である。それにも関わらず、なお過去の亡霊にすがって、チープな優越感に浸りたいのであろうか。
歴史にこだわるので有れば初代東京帝国大学の渡辺総長は、慶應義塾出身。福澤諭吉より三顧の礼で慶應義塾出身の39歳の渡辺氏が選ばれた。
その後も渡辺氏は、慶應義塾評議員として慶應義塾の発展に尽くした。その後も東大と慶應は、毎年懇親会が行われている。




































