女子美の中高大連携授業
これが旧帝大の現実
今年の成人式での会話
理系ヲタク「ぼ、ぼ、ぼくは東北大学なんだよ」
周りの人たち「ふーん」(無関心)
ブランドスーツで固めた男「俺青学だぜ!!」(指定校推薦)
周りの人たち「すごい!!!○○君って、天才!!!中学から勉強出来たもんね」
理系ヲタク「……」(誰にも相手されずに帰宅する)
> 人間の生来的権利たる憲法14条(平等法理)の保障
君が地方国立大学の統廃合の推進を認めた時点で、君にはこれを主張する権利はないよ。統廃合が進めば、地方の人が安価に高等教育を受ける機会が奪われるのだから。これに最初から声高に反対していれば主張が一貫していたんだけど、すでに時遅しだね。もう誰も耳を傾けないよ。
少なくとも現状の私立学校助成の在り方は、私立学校法や私立学校振興助成法の趣旨からみて、不当なものだと言わざるを得ない。まさに憲法15条に違背する状態にあるといえる。その理由はすでに述べた。
そこでお尋ねするが、そういう君は本件についてどうお考えかね。もし卑見に反対であるならば、どこがどのような理由でそうであるか教えてほしい。
何度言ったら理解できるのかね。「事実の提示と希望の証明」とはまったく別だと何度も念を押してきたではないか。私は自公政権が行う地方国立大学の統廃合との事実を指摘し(事実の提示)、しかしそれには反対(希望の表明)だとこの間、一貫して主張してきた。確認してみたまえ。むしろ君のように、うれしくない事実(国による国立大学法人の半強制的な統廃合との現実)を拒否する逃避主義や自己欺瞞こそ、怠惰な敗北主義であるといえる。
それはあたかも、1944年段階で米軍に絶対的防衛ラインを破られ敗戦必死であったのに、その不愉快な現実を認める勇気なく無駄な抵抗を選び、その後1年で本土空襲、沖縄地上戦、広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦による中国残留孤児出来等の大悲劇を招き、あまつさえ東京裁判で「自分はこの戦争に反対でありました」とぬけぬけと言い放った、昭和天皇らあの戦争指導層どもと似ている。まさに、その最後の1年間だけでもって、それ以前の犠牲者数を大きく凌駕してしまったのであった。
いいのかい?
君の母校たる地方国立大学も事実上消滅してしまう危険性高いのに。
座して、死を待つということか。
> 私は自公政権が行う地方国立大学の統廃合との事実を指摘し(事実の提示)、しかしそれには反対(希望の表明)だとこの間、一貫して主張してきた。
誰も反対しているとは思ってないね。他のことは長々と反対理由を書くのに、これについてはほとんど反対理由を述べていない。それに本当に反対しているのならば、
> もっとも「いや、だからこそ非効率な地方国立大学を潰して、余剰資金をそれに充当しようとしているんだよ」と正直に答えてくれたのなら
なんてことは例え話でも言わない。君は地方国立大学の統廃合について2年以上も主張し続けているのだから、今更反対だと言っても誰も信じないね。
私は現在の状態は合憲だと思います。理由は三点です。
1.私立学校は、国公立とは異なり、自主性と各校の建学の精神・理念や校風に基づき運営されるものであり、公的規制もできるだけ制限されるべきであること。(私立学校法)
2.私立学校の自主性確保や公権力依存排除などのために、公金支出を制限することには一定の合理性があると考えること。(憲法第89条)
3.法に基づく、現在の国または地方公共団体による教育行政を信頼していること。
貴方が違憲だと考えるのであれば、法律のプロとして正々堂々、社会正義のため提訴すべきです。
ただ、少なくとも私は、貴方のコメントを読んでも違憲という見解に賛同できません。
御所論1、2についてはともかく、3の意味がよく分からない。詳しくご説明願いたい。また簡単に提訴というが、当該訴えの提起につき、この私個人につき訴訟法上のいかなる訴えの利益があり、また当事者適格があるというのかね。さらに、私が慎重に「裁量」や「不当」との表現を用いている理由についても、いかにお考えかな。もしそれらが司法により、自由裁量行為(行政の専門技術的判断に基づく政策的な当不当の判断には、法適用を任務とする司法審査は及ばない)とされれば、私学側へのハードルはより高くなる。訴訟判決で以て、門前払いにされるがオチである。
その意味でも、私は司法闘争よりもむしろ、国民世論を背景にした各私学ならびに私学関係団体による政治への働きかけの方が本件ではより適切であると考える。なぜなら、われわれには「私立学校振興助成法」という法的根拠がすでに久しく前から存在するのであるから。まずは、本法や付帯決議で以て国会が求めた助成水準の完全実施方を国に求めることの方が先決であり、現実的であろうと思われる。また、実際に私学関係団体もその方向で働きかけを強めているはずである。
いかがかな。
〉3の意味がよく分からない。詳しくご説明願いたい。
3は、例えば文部科学省による科研費採択審査・判断を信頼しかつ尊重しているということです。
〉私は司法闘争よりもむしろ、国民世論を背景にした各私学ならびに私学関係団体による政治への働きかけの方が本件ではより適切であると考える。
要は、提訴しても勝てないということでしょ。情けないね。違憲なら正々堂々提訴すべき。何のために勉強してきたのか。国民世論を背景に政治への働きかけなんて、それこそ特定政治家との癒着と利権まみれになるリスクもある。このスレでもあなたの主張に賛同得られているの?国民世論を背景にとは甘いよ。まずは教職員の処遇を賃金統計の平均程度まで下げるとか、世界大学ランキング、科研費採択数、被論文引用数、ノーベル賞級の研究などで実績をあげて、国民を納得させてくれよ。
今日午後8時で以て、神田・神保町にある『三省堂書店本店』が一時休館するという。建物も取り壊すらしい。築41年とのことだが、竣工した当時を知る私にとって、もうそんなに月日が経ったのかとの思いが深い。その間、同店は神保町の顔であったと言ってよい。だが、新宿駅・東南口方面にあった紀伊国屋書店も撤退してしまった。池袋のジュンク堂は、大丈夫だろうか。心配になる。
もっとも、その割に同本店に足しげく通ったというほどでもない。まして三省堂なら、新宿・小田急百貨店にあった店舗の方が常連だった。なぜなら、本店はいつも混在しており、息苦しい印象であったからだ。また、新刊なら近隣の東京堂や書泉グランテの方が私の趣味に合う品ぞろえであった。まして最近は新刊はすべて学内の書店を通じて購入するようにしており、街の店舗にまで足を運ぶことも少なくなってしまった(まとめ買いをするので、重くて面倒)。
それにしても、駿河台地区では中大生協無くなり、明大の生協も縮小された。水道橋駅近くの旭屋書店も撤退して久しい。その他、あの界隈の小さな書店も次々に姿を消した。かろうじて、老舗の古書店が頑張っている程度である。亡くなった立花隆は、あの辺りで書店巡りのうえ、購入した数冊の本を喫茶店でコーヒーを飲みつつ眺める楽しみを述べていた。だが、それを可能とした喫茶店の「滝沢」や「ルノアール」でさえ今日、あまり目にすることがなくなってしまった。




































