在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
早稲田目指してたけど、もう無理。立教で妥協していいっすか?
現役で早稲田に受かるようなのってやっぱ天才なんだなと実感した。
マーチの過去問なら解けるけど、早稲田の問題は全然解けん。あっ、天才だけが解けるヤツなんや。
早慶とマーチの壁ってめちゃくちゃデカイ。
> いったい、どのような視座・尺度でもって、かつ誰がそれを判断・評価するというのかね。
まずは選んだ研究テーマについて自ら社会の役に立つことをアピールするんだろうね。それが有識者(おそらく政府が選んだ人)に通れば、最終的には国民(通常は国会)の判断を仰ぐことになるね。国のお金を使うのだから仕方がないことだよ。政府の方針に賛成できない人は私立大学へ行って頑張ってもらうしかないね。そこまではコントロールしないだろうから。
現行憲法が保障する学問の自由(大学の自治)に、設置者の相違による区別はない。また古代ギリシャ哲学者たち、すなわちソクラテス、プラトン、アリストテレスら以来の学問論の系譜でも、こと高等教育で君のような考え方はあり得ない(それは、専門学校に期待される役割だ)。アリストテレスが『二コマコス倫理学』の最初で、「どのような術もどのような論究もどのような行為も選択も、皆同じように善いものを目指している」と述べた意味をよくお考えいただきたいものだ。
古代に限らず、哲学は起業家精神的なことを問題にしていない感じがする。経済原理がどちらかと言えば学問の世界では脇に追いやられてきた側面はあるかと。経営学という学問もさほど学問的な名声とは縁が無いような感じで来たような。
たしかに哲学の世界では、哲学こそが一般科学であり、その他はそれから派生した特殊科学であるとの立ち位置をとる例が多い。その理由の一つに、アリストテレス以降の理論知重視の学問論の系譜があるように思われる。
自前の資金で大学を運営するなら大学の自治は保証されるべきだが、税金で運営するならある程度政府の意向を受けるのは仕方がないわな。政府は国家予算の計画にあたっては国会の審判をうけるのだから、大学に出す資金の内訳を理解し、国会での質問に耐えられるよう大学と事前調整しておくのは当然だよ。そうでないと国民が納得しない。
君は、憲法や学問の自由の意義をまったく知らないようだ。
もし試験でそんな答案を書いたなら、間違いなく落第である。
君が揶揄する、Fランクなる大学においても。
そんな手合いのお相手をしてきたのかと、今さらながら浪費した時間が惜しまれる。




































