在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
早稲田目指してたけど、もう無理。立教で妥協していいっすか?
現役で早稲田に受かるようなのってやっぱ天才なんだなと実感した。
マーチの過去問なら解けるけど、早稲田の問題は全然解けん。あっ、天才だけが解けるヤツなんや。
早慶とマーチの壁ってめちゃくちゃデカイ。
> 学問の真髄が既成権威や権力に対する批判である限り
ここも違うね。現状を全否定しても何も進歩しない。正しいことと間違っていることが混在しているのだから、まずはそれを整理して次の段階に進めることが重要だよ。それを繰り返すことで真理に近づいていくのだから。
>政府が認めた有識者が集まる会議によって研究テーマが選ばれることを法で規定すればいいだけだよ。
専制全体主義国家の発想だ。徳川時代の御用学問たる朱子学でもあるまいに。呆れるばかり。
民主主義はもともと何が絶対的真理であるかを知り得ないとする相対主義の立場をとる。これは、すべての人の思想、意見を平等に尊重する。それゆえ、だれでもどのような政治的思想、意見をもつことができる。また、不法でない限り、だれでもそれを世に訴えることができる。したがって、君の暴論の如く、「政府が認めた有識者」なる連中により、ある特定の思想、主張、研究テーマのみを絶対的に正しいとして他の思想、主張、研究テーマを忌避、抑圧するならば、それは政治的な絶対主義以外なにものでもあるまい。
人類の多年の経験を顧みれば、ある時代ある場所で絶対的真理とされたものが、次の時代、他の場所では誤りとされ、次から次と新旧思想の交替がなされてきた。だから、民主主義社会ではそこにイデオロギー上のタブーを設けず、すべての人々が社会のあるべき姿について自由に考えることができ、現在の政治、社会、経済上の在りかたにつき検討することが可能になる。それゆえ、君の数々の暴論は、思想の自由競争(自由市場)であるべき姿への妨害以外何物でもないと言わざるを得ない。
おエライさんが決めた研究テーマにつき、貴重な時間を浪費するなどまっぴら御免である。
我々は、彼等に奉仕する知的奴隷ではない。
>でも君のように政権を批判するといった政治活動に使うのはアウトだよ。それはイデオロギーや思想の植え付けや学生の扇動であって、研究の範疇を逸脱している。君はそこの線引きをできていないから、主張に説得力がないんだよ。
うちの学生らに対する冒とくかね。彼らは、それほど幼くも愚か者でもない。
そもそも大学における教授の自由が認められているのは、大学が昔から学問研究の中心としての地位を占めてきたとの沿革上の事実がある。また、君のような外部勢力の独善的な価値判断に従属するときは真理の探究が妨げられること。さらに、大学における学生は批判能力を備えていることも理由に挙げられる。
私のカウンターパートナーは、小中高校生諸君ではない。
悪しからず。




































