充実した教育環境の日大付属高校
田舎の自称進学校特有の国公立信仰に苦しんでいます。助けてください。
僕は某田舎の自称進学校に通う高校2年生です。
一応そこでは首席です。笑
本題ですが、僕の学校は田舎+自称進学校なので国公立信仰が凄まじいんです。
「お前なら名大を狙える!」と先生は言ってくれますが、僕は慶應に行きたいのです。
だって同じくらいの入試レベルで就職実績、社会的評価が上なら慶應の方が絶対良いじゃないですか。
大学4年間を東京で通うこともすごく憧れです。。
地方国立に行けば、毎日農道みたいなシケた道で大学と自宅の往復。
東京で便利で文化的に豊かな生活して、田舎では絶対無理な経験を積み重ねてる同級生の姿を見て劣等感を抱く人生は送りたくないです。
でも先生は許してくれないのです。
親は高卒で代々菊農家ですから受験には特に口出ししてこないかと思います。
お金は多分出してくれるかと思います。
皆さん、田舎自称進学校の国公立信仰から僕を救ってください。
〉この国の資本主義の在り方への評価ならば―私なりに―いくらでも語ることができる。ただ「私の理想」ともなると、次元の異なる問題だ。たやすくお答えできる性質のものではあるまい。それが唐突に問われたものだ、との経緯もある。まして、このように限られた場で、それを語るのが適切であるかも疑問に思われる。
また、そこまでおっしゃるのなら、まず君ご自身のお考えを明らかにしてはどうかね。自らは沈黙しつつ、他方でそうした他人への乱暴な批判は不当である。いささかバランスを失している。
私が貴方に質問したのではありません。
他の方の質問に対する貴方の回答が不誠実で逃避だと感じたので
意見したまでです。
ぶしつけに私の「考え」「沈黙」とか言われても困ります。
「他人への乱暴な批判」は地方国公立大学や地方に対する、むしろ貴方ではないでしょうか。
私は貴方に「地方国公立大学関係者」とレッテルを貼られそうですね。
需要と供給の観点からはむしろ、相対的に理系関係の学生が過剰であったとさえ推定できる。たしかに理系就職には、周期的にそのような「氷河期」があるような印象を抱いている。また技術の進歩により一般化、汎用化等が進み特段、理系の知見など不要になるとの皮肉な傾向もある。にも拘わらず、「理系、理系」の大合唱。だが、真に社会が必要とする理系人材とは、ごく限られた一部のトップ層にのみ限られるのではあるまいか。あとの多数は、資本に理系という美名でおだてられ、その結果従属労働を強いられる奴隷的な「賃プロ」。実態は、文系と変わらない。
ことの経緯は承知した。
だが、それでもなお君の批判が無礼かつ不当であることに変わりはない。
むしろ、この機会に君ご自身のお考えを拝聴したいね。
少なくともすでに、私自身の資本主義に対する所感は明らかにしたのであるから。
DXが加速する今、例えば半導体でいえば、
AI半導体等の特殊半導体の市場規模は、2025年に8兆円と試算がでています。(2018年は、5600億円規模)
半導体には素材、化学、機械など様々なメーカーが絡んでの開発が必要。
二俣川さんは、以前「最近、株価が上がっているらしい」と投稿されていたぐらいですから、勢いのある企業、注目されている企業など、それらの企業についても、かなり疎いでしょう。
理系人材不足〜文系の人には、基礎知識が足りず理解するのは難題ですよね。
なので、お互いに相手を「不思議な思考回路」評す平行線。
〉ことの経緯は承知した。
だが、それでもなお君の批判が無礼かつ不当であることに変わりはない。
むしろ、この機会に君ご自身のお考えを拝聴したいね。
少なくともすでに、私自身の資本主義に対する所感は明らかにしたのであるから。
仮に私の批判が無礼かつ不当であるとして、
一方の貴方は他者に対して無礼かつ不当であると思わないのでしょうか。
早稲田関係者であるご自身の都合で、地方国公立大学を揶揄している
と第三者は思うでしょうね。
私自身の所感でしたね。
私自身の「思想信条の自由」に関わる問題だからお答えしかねます。
矛盾を抱えながらも、広義で「自己の判断」「選択の自由」「私有財産」が保障されていれば多くの人は問題ないのではないでしょうか。
以前の普段お使いの端末?から送信が出来る状態に戻っているのを確認できまして。
2040年、半分の国立大の定員充足率が8割を切る。のスレで絡まれていますが。
ROM専はかなりの数がいると思います、やり取りを読んで解かってる伝わるべきところには届いていると思います。動画配信等々やコメントで、この板を読んでるかも?という妄想や錯覚に陥る時がありますので。
>理系人材不足〜文系の人には、基礎知識が足りず理解するのは難題ですよね。
哲学者カントは、人間の意識が勝手な主観的妄想から守られてゆくためには、理性の認識能力を徹底的に批判せねばならないと説いた。それは大切なことであり、その批判を欠くならば学問は科学たるに価しまい。そのうえで不思議なことは、なにゆえ君がそうした認識の迷妄を疑わないのか、ということだ。およそ、文系の学問ではあり得ない安直な態度である。
われわれは「理系人材不足」なるお題目自体をまず疑う。そして、それがいかなる目的、事情において生じ、それにつきいかなる政策が行われるか。さらに、それにより誰がいかなる利益を受け、他方で、いかなる利益が失われるかにつき、具体的に検討することだろう。そのうえで、たとえば政府が狂奔する日本社会のデジタル化がどのように進展するのかを、まず考える。その場合、まず懸念されるのは失業者の増大である。次に「デジタル日雇い労働者」形態の登場だ。さらに、労働者への管理強化、とりわけ労働者の私生活に食い込む「管理強化」である。
このように「理系人材不足」の背景に日本社会のデジタル化があるのであれば、それは日本の雇用の在り方、労働密度、労働時間、労働条件に大きな影響—不利益—を及ぼすものになると懸念されるのである。その結果、だれが利益を得るのかということだ。いうまでもなく、労働効率を上げて利益をより高め、他方で人件費コストは抑え込みたい総資本=財界である。その提唱者の一人が、弱肉強食を肯定する新自由主義路線の旗振り役であった、あの竹中平蔵であることがなによりの証左であるといえる。





























