女子美の中高大連携授業
MARCH = 早稲田・慶應
MARCH落ち早慶進学者が増えている。
友人には、MARCH全落ちで早稲田進学者もいます。
これだけMARCH落ちばかりなのは、既に
「MARCH = 早慶」になっている証拠でしょうか。
更に、最近は日東駒専落ち早慶もいます。
MARCH=早慶 ≧ 日東駒専
私大定員数厳格化で、難易度の差も縮んだ様子。
日東駒専も侮れませんね。
学問とは、知の探究自体に意義がある。なぜなら、ある問いに答えること、問いかつ学ぶということであるからだ。その意味で現在は、「諸学の女王」としての哲学の根源からの再構成が求められていると考えられる。とりわけ、この国の理系人士において、それは喫緊の課題であろう。
以下、私の書き込みからの転載
「既述のように、ギリシャでは生活や実用目的のための作法や手段の習得に関わる仕事は奴隷のそれであった。他方で、専ら考え研究する仕事は市民や自由人のそれであるとされた。すなわち、市民や自由人らは、他の目的のためではなく、「知」そのものの探求ができたのである。こうした自由で主体的な探求知を感想知theoriaと位置づけ、西欧学問観の中軸に据えられたのであった。/また、アリストテレスの理解のように、純粋に事柄をそれ自体においてとらえ、真相を究明しようとする知的欲求は人間本性に基づくものだとした。そこに、実践知に対する理論知の優先、実践学scientiascientia practicaに対する理論学scientia speculativaの優先の思想が成立した。その意味で、今日の学問体系や学問領域にとって重要な遺産は、すでにこのギリシャ哲学のなかにあったといえる。/しかしながら、科学技術や情報の活動の拡大化により、すでに出来上がった知識や情報の体系を修得することが「学問」とみなされる傾向が強くなった。その結果、最高学府たる大学ですら、学問の意義は希釈化されるようになってしまった。加えて大学の大衆化により、大学教育自体の変容も迫られた。その意味で、現在の学部は研究の場ではなく、既成知識学習の場と化した。/社会、とりわけ産業界もまた、大学に対して実務教育を求める。本掲示板における「理系万能」のごとき俗論もまた、その延長線上に位置づけられる。だがそれは、専門学校等の学校種に期待されるべき役割であり、真理の追求を旨とする大学には失当だと言わざるを得まい。なぜなら、既成の知の学習と地そのものの探求や形成とは、本質的に異なるものがあると思われるからだ」
科学的思考法を発見していない時代のギリシャ礼賛(ただの思いつき)、19世紀英独という非常に限られた時期と領域の経済の知識の神聖視。思考方法も思考対象も「超」限定されていて、宗教のそれと同じ、自らを育んでくれた社会への価値・恩返しを生み出しそうにないね。
まあ自己満・自己中心・独善・趣味の世界こそが人文・宗教の存在意義だから、それでいいのだけどw
マーチ落ち早慶
マーチ落ち旧帝(地帝) そんなのわかるの?探せるの?アンケート?
そりゃ、一人や二人はいるだろうが、基本、上位校を目指している
人間は眼中にない大学群だから。
受験途中で寝てしまう可能性もあるでしょう。
ずっと格下の大学に時間使うだけ勿体ないし。合格しても蹴るだけだし。
基本、優秀層から見たら、マーチ大受験は本命のオマケだからね。




































