女子美の中高大連携授業
「文系は刺し身のツマ」に
今後は、産業ニーズと合ってるかどうかが重要。
学士と高専卒が同じ括りに。
例えば、DMG森精機
卒業・学位_____初任給__想定初任年収
大学院卒(博士課程)475,000円_6,825,000円
大学院卒(修士課程)310,000円_4,650,000円
大学・高専専攻科卒_300,000円_4,000,000円
またまた数弱理系くんが登場してるが、彼らはアプリオリ、先験的な真実しか論証できないという論理からして分からないわけだから。帰納的な論証でも論理になってると妄想してしまうんだよ。
彼らはそう「感じる」んだから、仕方ない。
だから、まず「感じる」というアポステリオリな感覚を否定してあげないと。
私も、データサイエンスについては、そんなに詳しいわけではない。(ほとんど耳学問のレベル)
ただ、アルゴリズムで使う数学とは、データ処理の手順を数学的合理性で配列する時に用いられるもので、命題に合わせて、その都度、新しい配列を構成するための道具に過ぎないという位置付けだと思う。
言ってみれば、産業組織論における、垂直統合から水平分業への組み換えのようなもので、数学的合理性は統合体としての合理性を示すものではなく、その都度組換えられる水平的な配列の手順を示すものにすぎない、ということです。
「ポストモダン」という状況は、科学に於いても哲学に於いても、知の枠組みの「パラダイム変換」が起こっていることを示しており、統合からの「脱構築」が進行しているという現状認識です。
理系(数弱)くんが何が分かってないかを、もっと第三者に分かるように説明してあげないとならない。
理系(数弱)くんはコンピュータサイエンスがどうこう言うわけだが、それが形而下の現実を取り扱う議論である以上、それは必ず人間の経験というフィルターを通している。つまり、主観的な認識に過ぎず、偏見に汚染されているんだよ。
具体的には、理系(数弱)くんが天動説時代の庶民だとすると、「太陽が地球の周りを回る」これは経験に裏付けられた事実であり、真実だったのだよ。しかし、それはあくまでも「体感」「経験」に過ぎないのだが、地動説を説明しても信じようとしない。
なぜならば、理系(数弱)くんが「文系は暇人の古臭い読書」と感じるのと同じように「そう感じる」のだから、仕方がない。理系(数弱)くんにいくら「経験は真実とは限らない」と説明しても、「お天道様が頭の上動いてるに決まってらあ。地面が動くなんて、おめえ、めまいが激しすぎるぞ!」と当時の理系(数弱)くんに罵倒されただろう。
> ①観察と実験によって実証的・機能的な自然科学が成果を上げてきた
> ②当該因子を関数的関係で総合的に再構成することにより、数学的(計量的)方法論が発展したこと
文系人的な文言で科学を規定されているが、私(理系人)としても全く同意だ。
ただ、近年のデータサイエンスを含む「IT革命」はこれまでの技術革命とは大きく異なる様相を示している点を指摘しておきたい。
今回の「IT革命」は、(従来の技術革命と異なり)科学的な数理モデルが即座にコンピュータ上に実装され、あっという間にクラウド上で共有される。従来のような、「営業→製造→供給」のようなプロセスが全く不要なのだ。
何が言いたいかというと、科学的な数理モデルから技術・産業応用までのスピードが劇的に速く、世界的な展開サイズも従来になく大きいので、他分野(文系の分野も)に与えるインパクトもとてつもなく大きい、ということだ。
IT革命における数学の役割は、理論を記述するための数学モデルを形成する要件ではなく、それ自体が技術的な実装として機能する道具的な存在としての役割だ、という風に理解しました。
確かに、アルゴリズムにおける数学の役割はそのようなものだと思われます。
つまり、普遍性を有する理論をモデル化するための形成要件ではなく、データを基にしたその場限りの「解」を導き出すための現実的な道具であるわけです。
普遍性を目指す理論モデルは、IT技術やデータサイエンスでは必要ない。




































