在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
なぜ旧帝大含めた地方国公立は見下されるの?
今やマーチ未満だから?
偏差値を意図的に釣り上げている私大の偏差値も無意味だが
国立も少子化で偏差値が下がっているので
企業の信用をなくしていて
どちらも無意味。
偏差値の高さはもはや大企業への就職を約束しない。
確率がわずかに上がるだけ。
すべての偏差値が無意味な新しい世界線が出現していることに気づこう。
国立大学は、国家戦略で人材育成の柱
>◆ 経団連会長、数学は「文理共通」 新卒採用で重視
2018/10/30 18:00
経団連の中西宏明会長は30日、金沢市内で記者会見し、新卒採用で重視する項目について
「必要最低限の語学と異文化を理解する力は理系・文系問わずに持ってもらわないと困る。
少なくとも数学的な最低限の素養は文理共通だ」と述べた。
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数2B未履修の私文専願者
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結果、高校数字も出来ない入学者が〜
【14学則特集】「逃げなければ救われる」データサイエンスに対する河添学部長の思いとは
SFCに入学してすぐ受けたDS科目認定試験(高校数学の習熟度合いを確認する試験。受からなければDS1に進むことができない)では、受からない学生がたくさんいますよね。 いやぁ、びっくりしましたよ。昨年度は6回やって、それでも受からない人がいたから、その翌年度の春学期最初の認定試験で受かればいいよ、と計7回のチャンスを与えました。だいたい2分の1ずつ合格者を出していったので相当人数は減るはずだったのですが、減らないんですよ。
数学Ⅰ、Ⅰ+Aしか習っていない人たちも、高校の教科書を開いてもう一度数学と向き合いましょう、というところを重視しているのですが、なかなかそのメッセージが伝わりません。
https://sfcclip.net/2015/06/17530/
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そして、慶應教授が嘆く
安宅慶應教授
・データサイエンスを学ぶ前提となる数ⅡBまで身に付いていない大学生が私立トップ校でも多い
・大卒者は8割方リテラシーレベルでデータサイエンスの素養を持っていたほうが望ましい。
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実際は、私大トップである早慶も大学入学後に高校数学を教えるも数学が出来ずに全員が習得出来る状況にない
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早稲田教授も嘆く
◆ 早稲田政経学部が数学必修化に踏み切る真意
今回の入試改革にあたっては、学部内からも不満の声が出ていた。経済学では微分・積分が必須で、高校数学でいえば数学Ⅱ・Bから数学Ⅲ・C以上のレベルが求められる。経済学科の複数の教授は「ミクロ経済学の必修講義では数学ができない人が多くて、約4割の学生が再履修することもある。やるなら数学Ⅱ・Bまでを必須化すべき」と話す。
たしかに団塊ジュニアやポスト団塊ジュニア世代にとって旧帝大といえば、(名大、北大、九大は微妙としても)早慶より上の超一流大学という評価だと思います。
ただ、今の受験界では少子化の影響で、本当に東大、京大以外の旧帝大の学生の質が低下しています。いわゆるピンキリで、トップ層には一定程度その地域の旧制一中などからの優秀層がいるものの、下位層は従来では入れなかったレベルの人もいて、滑り止めのマーチに落ちるレベルの層が合格したりしています。今や旧制高校などから格上げされた地方国立レベルになりさがりつつあるのが現状です。今後も少子化は加速するでしょうから、その傾向は拍車がかかるものと思われます。研究施設としては優秀でも学生の質は劣化しているといえます。
関東の優秀層は、もはや東京一工早慶、地方国立医学部しか関心がなく、医学部以外の旧帝大は選択肢にはなりません。正直、京大すら微妙です。地方の衰退とともに旧帝大もその役割を終えつつあると思います。
数学至上主義は、倫理道徳の代わりとなる一種の信仰だと思います。昨今は家庭の躾や学校の規律が必ずしも正しいとは言い難い面があるので、モラロジーや新興宗教に頼らない場合は、言うなれば稼げる学問である数学が頼られているのではないかと私は見ています。
>早稲田は受験に数学が必須の学部を増やす方針だから、今後受験者数は減ることはあっても増えることはないね。
減ることは仕方ありません。
質を高めるために減ることは厭わないと決めているからです。
しかしそれは学力の質だけにこだわっているわけではありません。
私大として国立にはない魅力を高めていくことです。
私大としての魅力を高めなければ生き残れないからです。
日本の18歳人口の減少はすさまじく、日本の大学すべてに大きな影響を与えます。
地方は特に選ばれる大学ならいいですが、地元だから目指してますみたいな国立、私大も淘汰は決定事項でしょう。
特に地方の大学は定員は確保しても中身はスカスカとなる可能性大です。
そうならないためにも私大、国立は生き残りをかけて改革していかなければならないでしょう。
興味深いご見解だ。
付言するに、科学が進歩すればするほどパソコン等の利便性が高まり、特段の理系知識が不要化する。また、論理的思考力なるものも、文系(とくにここで声高に唱えられる法律学において)では、文章的な論理性を指すものであると思われる。そうであれば、必要なのは数学ではなく論理学の知見であるはずだ。実際に、法学では三段論法で論じられることが多い。さらにそれは、現在の法学研究の世界で、あるいは実務法曹にて、受験科目に数学のなかったはずの私学出身者ら(早稲田や中央等)が活躍していることもそれを示唆している。




































