先生が感じた女子美生の印象
理系学部の選択肢
「地方創生なくして日本の再生なし」
フィジカルAIの時代は、日本にとってむしろ大きなチャンスです。
半導体、産業用ロボット、FA、工作機械、製造装置、物流など、日本が強みを持つ製造業とAIを結び付けることで、地方に蓄積された産業基盤や技術力を新たな成長につなげられるからです。
特に重要なのは、生成AIだけなら巨大IT企業・データセンター・ソフトウェア人材の集積が強烈な東京型になりやすい一方、フィジカルAIは「現実の工場・設備・物流・エネルギー・土地・技術者」が必要なこと。
「地方=衰退する側」ではなく、「フィジカルAI時代の日本の産業基盤を担う側」です。
これで東京一極集中解消になるのであれば、一石二鳥、三鳥にもなるでしょう。
そして、そのためには理系人材の育成がこれまで以上に重要になります。
AIを使える人材だけでなく、AIを現実の製造・ロボット・半導体・エネルギーなどにつなげられる人材を、大学や高専、企業でどう育成していくのか。
大学受験を考える際にも、単なる「大学の序列」だけではなく、これから日本の産業構造がどう変わるのか、そしてその中でどのような人材が必要になるのか、という視点がもっとあってもよいのではないでしょうか。
AIに、丸投げにし聞いてみました。
「早稲田と慶應、どちらが優れている?」
AIが勝手に「就職力60%、研究力20%、国際性20%」と決めて順位を出しました。
それを客観的な結論と呼べますか?
という話になりますが…
だから「評価軸をAIに丸投げすれば客観的になる」という「いえ」さんの主張は、本当に正しいのでしょうか。
AIに評価軸を決めさせても、その評価軸をなぜ採用したのか、どの項目をどの程度重視したのかを検証できなければ、単に人間の判断をAIの判断に置き換えただけです。
評価軸を明示し、その妥当性を検討し、重みを変えた場合の結果まで比較する。
こちらの方が、よほど客観性を担保するための方法だと思います。
スレのお話には賛同ですが、二つわからないところがあります。
まずフィジカルAIはじめとする科学技術と地方創生へのつながり?
脈絡なしに地方創生につながらないのでは?
あとは理系学部(のみ)の選択肢とのかかわり?
おそらく自然科学分野の全分野のことと思いますが、いわゆる文系と言われる社会科学と人文科学、社会構造とか法、経済、人間の使い勝手が伴わないと地方も含めて進展はのぞめないのでは。
「文系人材が不要」という話ではありません。ただ、これからの日本の成長産業を考えれば、これまで相対的に不足していた理系・技術系人材をもっと厚くする必要があると思います。
特にAI、半導体、ロボット、製造装置、エネルギーなどでは、技術を理解し、実際に開発・実装できる人材そのものが産業のボトルネックになり得ます。
熊本のTSMC進出は、その分かりやすい例でしょう。半導体工場が立地すれば、それだけで終わるのではなく、製造装置、材料、精密機械、物流、保守などの関連企業や人材が集まり、地域に新たな産業集積が生まれます。
つまり、科学技術→産業立地→関連企業の集積→雇用・所得→地方経済という循環は、すでに現実に起きています。
フィジカルAIも同じです。地方には工場、物流、工作機械、産業用ロボットなどの産業基盤があります。そこにAIを組み込めれば、地方の既存産業を新しい成長産業へ転換できる可能性があります。
もちろん、そのためには経営、法制度、金融、地域政策などの文系人材も必要です。
ただ、そもそも技術を生み出し、現場に実装できる理系・技術系人材が不足していれば、産業そのものが生まれません。
だからこそ、地方創生を本気で考えるなら、単に「文理どちらも大切」で終わらせるのではなく、これから日本の産業競争力を支える理系・技術系人材を、大学・高専・企業でどう厚く育成するかまで考える必要があると思います。
人間が評価軸を決めた時点で恣意でしょうに。
北海道、沖縄どちらが良い街?
スキーができるかどうかを評価軸にしたら北海道、年中ダイビングができるかを評価軸にしたら沖縄、評価軸をどちらにするかで自由に順位が変わる。
AIに選ばせた時点で質問者の恣意から離れてある程度の客観性を帯びる.
当たり前の話でしょうに。
「AIに選ばせた時点で、質問者の恣意から離れて客観性を帯びる」というのは、少し違うと思います。
AIは評価軸そのものを消してくれるわけではありません。
「良い街」を判断するなら、家賃、所得、交通、医療、教育、自然、災害リスク、雇用など、何を評価対象にするのかを決める必要があります。さらに、それぞれをどの程度重視するのか、どのデータを使うのかによっても結果は変わります。
つまり、
人間が評価軸・データ・条件を設定し、AIがその条件に基づいて順位を算出する
という構造です。
AIが順位を出したからといって、その順位自体が「客観的な正解」になるわけではありません。
むしろAIの場合、評価軸やデータの選択が見えにくくなる分、「AIが選んだ=客観的」という思い込みのほうが危険ではないでしょうか。
北海道と沖縄の例も同じです。
「スキーができる街」「ダイビングができる街」なら評価軸は明確ですが、「総合的に良い街」となると、結局は何を良しとするかという価値判断が残ります。
AIは恣意性をなくすのではなく、人間が設定した評価体系を高速かつ一貫して処理する道具と考えたほうが正確だと思います。
「文系は支えてくれないという話か。下らない。」
いや、そこまで書いてあって、その読み方になるのでしょうか。
本文には、
「もちろん、そのためには経営、法制度、金融、地域政策などの文系人材も必要です。」
とわざわざ明記されています。
それを無視して「文系は支えてくれない」と受け取るのは、反論以前に文章の読解ができていないのでは?
これからの成長産業で不足している理系・技術系人材を、もっと厚く育成する必要があるのではないか
という話です。
「使える文系も必要」という当たり前の確認に逃げ込んで、本題である技術人材の不足と産業競争力には一切触れない。
それでは、反論したことにはならないでしょう。
書いてあることを読まずに、自分で作った「理系優遇」という話に酔っている。読解力の問題では?






























